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書評「Atomic Accidents」 上 昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)

『アトミックアクシデント』(医学教育出版社) ジェームズ・マハフィー著、百島祐貴訳 (電子書籍のみ)

「何とかして、この本を一人でも多くの日本人に読んでもらいたい。協力頂けないか」
 私がこの本の存在を知ったのは、友人である只野まり子氏から頼まれたからだ。
 只野氏は医学教育出版社に務める編集者。普段は医学生向けの雑誌を編集している。なぜ、門外漢の彼女が原子力の専門書の翻訳に携わったのだろう。
 それは同僚の片桐朝子氏が信州大学工学部で学んだ「リケジョ」だからだ。片桐氏は日頃お付き合いのある慶應義塾大学病院の放射線科医である百島祐貴氏から原書を紹介された。著者は米国の原子力の専門家で、その内容に感銘を受けたという。
 「どこも出版しないのなら、うちでやらなきゃ」
 片桐・只野コンビは社内を説得し、「電子書籍だけなら」という条件で出版にこぎ着けた。これが、医学系出版社が電子媒体だけで原子力の本を出した背景だ。
 私も片桐・只野氏に勧められて、この本をKindleで購入した。
ただ、そのボリュームをみて驚いた。Kindleの位置ナンバーが9413もあるのだ。新書4冊分に相当する。すっかり滅入ってしまった。
ただ、読み始めると、すぐに引き込まれた。放射線が発見されてから現在に至るまでの事故が淡々と語られているのだ。
放射線事故と言えば、スリーマイル島、チェルノブイリ、福島の原発事故が思い浮かぶ。この3つの事故は被害の規模が大きいものの、放射線事故の氷山の一角に過ぎない。
1898年にラジウムと放射線が発見されると、まず大きな影響を受けたのは夜光塗料の業界だ。
ラジウムを亜硝酸塩に混ぜると、ラジウムの出す放射線が亜鉛を励起発光する。このため、トンネルや列車の車内などの夜光塗料に利用された。
1910年代、マンハッタンでは、怪しい光を出す「ラジウムカクテル」が人気となり、ミュージカルでは「ラジウムダンス」という曲が歌われた。
やがて、問題が起こる。ラジウム工場で働く女性(ラジウム・ガールズと呼ばれた)に死亡者が続出するようになったのだ。ラジウムに疑惑の目が向けられるようになる。
ラジウムは医薬品としても利用された。1925年には、米国で「放射線万能薬レディトール」として販売されたのだ。
この薬の中にはラジウム226、ラジウム228が37,000ベクレルずつ含まれていた。この薬を処方した医師には17%がリベートとして支払われたという。
この薬は「ヒット商品」となった。著名人の中には、4年間で1400本も服用した人もいた。彼は顎の骨が腐り、全身衰弱で死亡した。
彼の死はマスコミで大きく取り上げられ、これ以降、米国政府は放射性同位体の扱いを規制するようになる。
放射線事故が起こったのは民間だけではない。もっとも事故を起こしたのは軍隊だ。
最初の臨界事故は1945年8月21日。核爆弾を研究していた24歳の米軍の研究者が、処置を誤り、臨界事故を起こす。彼は25日後に亡くなった。
1947年7月にはカナダで、制御棒の使用ミスから世界初の炉心溶融(メルトダウン)が起こった。
私が驚いたのは、アメリカで核兵器が紛失、破壊、破損した事故が65件もあるという記述だ。
その中には、核兵器を運搬している飛行機が墜落した3件のケースや、乗組員が処置を誤り、核爆弾をサウスカロライナ州の住宅地に落としてしまったケースもある。幸い、核爆弾は爆発せず、住民に死者も出なかった。
ここまで読むと、私は放射線事故について、自らが如何に何も知らなかったかを痛感した。
本書では、ソ連、英国、そして日本の放射線事故についても詳細に解説されている。そして、原子力安全研究が、今後、どのような方向で進むかを紹介している。
現在の原子力発電システムは、潜水艦用原子炉をベースにしており、炉心構造に弱点がある。安全性を向上させるために、全く異なる仕組みも十分に考えられるというのだ。
原子力発電を推進するか否かは、個人の価値観が大きく影響する。我が国がどのような方針をとるにせよ、開かれた議論による合意形成が必要だ。
その際に、先人達の「失敗談」を学ぶことは有用だ。本書は、その入門書である。
出版不況が叫ばれる昨今、米国で出版された良書を読む機会を提供してくれた医学教育出版社の皆さんに感謝したい。

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