日本エネルギー会議

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景観の価値

 街中でビルを建設している現場では、当然のごとく道路に面して目隠しの高いフェンスが造られる。工事車両の出入りするところには立派なゲートもつくられ完成するまでは中が見えないようになっている。ビルが立ち上がるとシートやパネルで覆われるのが普通だ。
 フェンスには自然の景色などが描かれることもあるくらいで、景観に気を配って工事を行っているというアッピールがされる。そのくらい最近の工事現場は景観に繊細な対応をしている。
 ところが、街中の空き地のミドルソーラーや高速道路脇にあるメガソーラーは何の目隠しもなく裸のままだ。また、住宅地に隣接しているところでは反射光の公害問題まで発生している。ソーラー設備の外周に垣根を造るなどの配慮をすべきだが、そのような法律も自主規制もないようだ。
 火力発電や原発より再生可能エネルギーを好む日本人の繊細さや環境問題の意識はどこに行ってしまったのかという有様だ。事業者の方も再生可能エネルギーということだけで環境に良いことをしているというおごりが見られる。石炭火力建設には反発する環境省もこの問題には寛容だ。
 原発事故で避難した人たちが帰還した区域が広がりつつある福島県浜通りでも景観の問題が発生している。国道沿い、県道沿い、あるいは人々の暮らす街中の空き地に三段積み、五段積みにされた黒いフレコンバッグが並んでいる異様な情景を隠そうともしない無神経さが横行している。
 仮とは言え、年単位の長期間の仮置きだ。最近やっと濃緑色のシートカバーがかけられるようになったが、帰還した人々は避難先の都会のゴミゴミしたところから、やっと元の自然あふれる心休まる風景の中で暮らせると思って帰還するが、現実はゴミ捨て場の真っ只中で暮らしていけと言われているのに等しい。
 道路を歩き、車で通過しても人の目からフレコンバッグの山が見えないよう田舎の自然にマッチする常緑の街路樹を植えて景観を維持するのが当然ではないか。住民はその袋の中身が何であるかを知っている。そのことだけでも精神的負担なのだから、せめて見かけだけでも異様な感じのしないように改善をすべきだ。環境省という役所が景観を損ねる仕業をして平気な顔をしているというのも困ったものだ。
 景観の価値は観光産業のためだけではあるまい。一番の対象はそこで生活する住民のためのはずだ。私の手元に届く富岡町税務課からの固定資産税の納付票の金額は事故以来毎年0円となっている。役場が自宅の建っている土地は宅地としての資産価値のない土地であることを認めているのだ。フレコンバッグの山が片付かない状況が続くようでは、区域指定が解除された後にも土地の資産価値は戻らないだろう。

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