日本エネルギー会議

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主人公(2)

 日本における電力の中央集権的供給体制は戦時下の1941年配電当制令にはじまった。それは戦後の9電力体制に引き継がれ、先ごろの電力自由化まで地域独占的に電力の生産と流通が電力会社によって一手に行われていた。
 僅かに小規模の水力発電所や石油化学工場、製鉄所などの構内にある火力発電所が存在したが、その電力も自家消費分以外は地域の電力会社に卸売りされていた。
 9電力は日本が必要とするすべての電力を供給するために、当該地域はもちろん他の電力会社の地域にまで踏み込んで水利権や敷地を獲得し水力発電所を建設、起こした電力を大消費地まで届けるための長い送電線を建設した。
 原発についても東京電力は東北電力の供給エリアである福島県、新潟県、青森県に、関西電力は北陸電力の供給エリアである福井県に建設した。
 電力会社のこのようなやり方は、地元には土地の提供と発電所運転に伴う公害と事故のリスクを容認してもらう代わりに、できる限りの地元雇用と地元からの物資の買い付けを行い、電源開発に協力したことに対する電源三法交付金が国から配られた。
 これは事業主体があくまで電力会社であり、事業の利益は株主に、起こした電力を消費するのは電力会社が管轄している都市部の需要家であったということだ。
 そのようなことを象徴的に表していたのが、2005年まで東京幕張で毎年開催されていた電源地域振興センター主催の「電気のふるさとじまん市」だ。
 全国の電源立地に協力してくれた自治体の生産物を国や電力会社などが販売支援しようとする企画で首都圏の大勢の買い物客で賑わっていたのを思い出す。  
 欧州列強はかつてアフリカ、インド、東南アジアを植民地化し、プランテーションでの農作物の生産や鉱物資源の採掘を行った。戦後は、石油メジャーがアラブ諸国で石油採掘権を確保して石油生産をしたのも構図は似ている。
 いずれも領土の主権国家は事業主体ではなく、その事業の利益は植民地の宗主国や欧米の大資本のものである。従来、日本における電気事業も国内ではあるが基本的に同じような構図であった。
 数年前までは、あきらかに電力供給事業の主人公は地元から殿様と呼ばれていた9電力会社であり、地元は協力者の立場であった。                          (つづく)

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