日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

処分場問題の難しさ(3)

 昨日の産経新聞に【いまエネルギー・環境を問う 竹内純子の一筆両断】と題する処分場問題に対するコラム「しんどい課題こそ議論する社会に」が掲載された。竹内氏はNPO法人国際環境経済研究所理事で、エネルギーや原子力の分野で活躍されている。(参考までに全文を末尾に添付した)
 その内容は、現世代が処分場問題から逃げずに考える必要を説得力のある文章で書いたもので、読んでみると竹内氏がテレビやパネルで話される時に感じる誇張のない冷静でスマートな印象を受ける。
 タイトルのつけかたも見事。だが、このコラムを読んだ原子力に否定的、あるいはやや否定的な人たち(産経新聞の読者はそうではない人が多いようだが)がどのような反応をするかを考えると、次のようになる。

1. 責任問題に触れない
 コラムには「原子力のゴミについては、政府あるいは電力会社の責任で対処すべきと突き放される方も多いかもしれません。とはいえ、わが国が原発のメリットを享受してきた見返りとして、既にゴミは存在しています」と書かれているが、ここまで処分場が決まらなかったことについて、いままで原子力の関係者は誰も自分の責任を認め謝ったことがないが、それを許してよいものか。
 原発のメリットを享受してきたと言われても、それは国や電力会社に押し付けられてきたものだ。

2.核燃料サイクルの事実上の破綻を認めない
 コラムには「原発を始めた当初は特に、長期的にウラン価格が上昇していくと予想されていました。そうした背景から、一度使用した核燃料をリサイクルして再び使う核燃料サイクル政策の実現を目指したのです」と書かれているが、予想を外したのは専門家であり、核燃料サイクルが実現するはずと思い込んだのは当事者たち。
 実現を目指したということでしかたがなかったと言いたいようだが、それは無責任というものだ。これから再処理施設が稼働すればますます使いようのないプルトニウムが貯まることになるが、使用済み燃料の直接処分にも、学術会議が提言している廃棄物の総量規制にも触れていないし、そもそもここの文章は処分場探しとは関係がない。

3. つながりが不明
 コラムには「ネガティブ情報こそ開示すること、そしてプロセスの透明性を確保し、自治体の意思を尊重する姿勢が必要でしょう。悪い情報を伝えないということが、いかに信頼を損ね、のちのコミュニケーションを阻害するか、日本の原子力関係者は学んだはずです。半面、私たち国民も、この社会の一員として、解決に向けて取り組む姿勢が求められるのではないでしょうか」と書かれている。
 前半と後半を「半面」という言葉で繋いでいるが、半面とはどのような意味なのか不明だ。原子力関係者がネガティブ情報を開示するから、国民も解決に取り組む姿勢を取るべきだというのならどちらが先かは言わずもがなだ。国民にそのような姿勢を望むのなら、原子力関係者がまず率先して情報開示のやり方を変えなくてはならないはずだ。

4. 詮無いことなのか
 コラムには「目の前のエネルギー確保を優先し、処分場も決めずに原子力の利用を始めたのかと先人を批判しても詮無いこと。解決に向けた努力をしないのであれば、私たちも後世の人たちからの批判を甘受せねばなりません」と書かれているが、きちんと総括することは大事なことであり、日本の社会がそれを行ってこなかったのも事実だ。
 私たちが先人を批判することと、私たちが後世の人たちから批判されることとは別問題だ。先人を批判する暇があったら自分たちが後世批判されないようにせよと言いたいようだが、後先考えず「やるしかない」とやってしまったことを「詮無いこと」で片付けても良いものだろうか。

 やはり竹内氏は「壇上の人」なのではないだろうか。
                            (つづく)

(参考)
 9月14日付産経新聞【いまエネルギー・環境を問う 竹内純子の一筆両断】と題する処分場問題に対するコラム「しんどい課題こそ議論する社会に」全文

 今年7月、政府は原子力発電に伴って出るゴミの処分に関する「科学的特性マップ」を公表しました。そもそもゴミはあまり考えたくない話題。特に原子力のゴミについては、政府あるいは電力会社の責任で対処すべきと突き放される方も多いかもしれません。とはいえ、わが国が原発のメリットを享受してきた見返りとして、既にゴミは存在しています。今回は原子力発電のゴミについて考えてみたいと思います。
 原発は、ウランでできた核燃料を燃やして蒸気を作り、その蒸気でタービンを回して電気を起こすのですが、核燃料は一度使ってもまだ多くの資源を含んでいます。日本は石油や石炭などの化石燃料も輸入に頼っていますが、ウランも海外に依存しています。
 原発を始めた当初は特に、長期的にウラン価格が上昇していくと予想されていました。そうした背景から、一度使用した核燃料をリサイクルして再び使う「核燃料サイクル政策」の実現を目指したのです。
 再処理する工程で、放射線の非常に強い廃液が出ます。この廃液をどうするか。これまで複数の処分方法が検討されましたが、溶けたガラスと混ぜ合わせて形状を安定させ、分厚い金属で覆うなどしたうえで、地下300メートル以深に埋めてしまう地層処分が最も妥当であると考えられています。
 しかし、どこに埋設するのかの決断は容易ではありません。諸外国を見渡しても、決定済みなのはフィンランドやスウェーデンなど一部の国のみで、米国、イギリス、ドイツそして日本はどこに処分するか白紙の状態です。

 フィンランドやスウェーデンは、なぜ処分場の場所を決めることができたのでしょうか?
 以前来日したスウェーデンの処分施設建設予定地の市長は、決定プロセスの公開性・透明性や安全面に関して国の規制当局が適切に関与していたことに加えて、処分場が立地するメリットを市民が共有できたことを、挙げていました。
 政府からの補助金で市の財政に余裕ができるだけでなく、“ハイテク技術が集まる工業地帯”になることを期待して、誘致したというのです。単に土を掘って面倒なゴミを埋めることではなく、高度な安全管理に関する技術や、後世に危険物がそこにあることを伝える社会文化的手法など、さまざまな知見を必要とする未来に向けた事業だ-。そう考えていると聞きました。
 実はこうした考え方は北欧に独特というわけでもなく、カナダでは処分場の誘致に22もの自治体が手を挙げ、現在そのうちの9自治体で調査が行われています。しかし逆に、米国やドイツでは候補地と呼ばれるところがあったものの、拙速な判断が災いして、頓挫してしまいました。

 海外の経験に学ぶのであれば、まずネガティブ情報こそ開示すること、そしてプロセスの透明性を確保し、自治体の意思を尊重する姿勢が必要でしょう。悪い情報を伝えないということが、いかに信頼を損ね、のちのコミュニケーションを阻害するか、日本の原子力関係者は学んだはずです。半面、私たち国民も、この社会の一員として、解決に向けて取り組む姿勢が求められるのではないでしょうか。
 目の前のエネルギー確保を優先し、処分場も決めずに原子力の利用を始めたのかと先人を批判しても詮無いこと。解決に向けた努力をしないのであれば、私たちも後世の人たちからの批判を甘受せねばなりません。問題を先送りせず、解決に向けた努力したという姿勢を後世に示すためにも、しんどい課題こそ議論する社会でありたいと思いませんか?

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康
Facebook Twitter