日本エネルギー会議

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残念なこと

  本日、JR常磐線がいわき駅から富岡駅まで運転再開したことは、全国ニュースにもなった。4月1日に避難指示準備区域と居住制限区域が解除になってから、富岡町の復興はテンポを上げている。
 町の庁舎近くには双葉郡の2次救急医療の拠点として県立ふたば医療センターが建設中で、来年4月の開所後は19人の医師が交代勤務し24時間365日対応できるようにする。ヘリポートもあり、必要に応じて福島市の県立医科大学病院に搬送も出来る。総工費24億円は国の持ち出しだ。これらはいずれも町に戻って暮らそうとする住民には朗報だ。
 一方、住民の動きは緩慢で、解除日には大型スーパーも開店し、復興住宅も建ったが、それから6ヶ月経過した現在も戻った住民は300人余り。全町民の2%台にとどまっている。ここまでしても住民が避難したまま戻らないのは何故なのか。
 理不尽に突然故郷を去らねばならなかったのに、そんなに簡単に生まれ故郷から離れてしまうのかと不思議な感じもするが、若い世代も高齢者もそれぞれ事情があるのだ。
 若い世代は既に近くに職場を持ち、子供は学校に慣れて友達も大勢いる。家も確保して街での生活にも6年間ですっかり慣れた。高齢者は持ち家で子や孫と同居していた人が多いが、自分自身がまもなく子供の世話にならなくてはならない年齢に達すると考え、子や孫の仕事や学校の状況を優先して、自分の気持ちを抑えて避難先に元の家の賠償金でいずれは子に相続する家を新築した。
 もう、自分だけが富岡町に戻る選択肢はない。富岡町で暮らしたいという気持ちより、これから年をとって行くので子らと一緒にいたいという気持ちの方が強いのだ。富岡町に戻ろうかと考える余地のある人は老夫婦あるいは一人暮らしの高齢者である。
 現実問題として住民の半分以上が賠償金で避難先に家を新築してしまったので、いまさら富岡町の古くなった家を修理したり、取り壊して立て直すだけの金は持っていない。よほどの事情(近所とうまくいかないなど)がない限り、せっかく新築した家を売却して戻ることはない。
 時々、町でイベントなどあると、多くの人、特に高齢者が集まるが、その人たちはほとんどがいわき市や郡山市周辺に住んでいる。雰囲気は同窓会といったところで、町の方も、いつまでも町とのつながりを忘れないで欲しいとは言うが、それぞれの選択を尊重するというのが当初からの考え方だ。
 医療センターの起工式で内堀知事が「復興を進めるため地域医療の確保が不可欠。多くの方が古里に戻りたいと思えるよう整備を進める」と述べ、また今日は町長が満面の笑みを浮かべてフォームで列車を迎え入れたのだが、6年という月日はあまりにも長く、すでに多くの町民の心が決まってしまっているのは残念だ。  

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