日本エネルギー会議

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限界費用ゼロ社会(1)

 ジェレミー・リフキンが提唱する「限界費用ゼロ社会」が最近しばしば経済誌などで取り上げられ、ネットでも議論がされている。限界費用とは、生産量を1単位だけ増加させたとき、総費用がどれだけ増加するかであり、それがゼロあるいは限りなくゼロになる場合を次のような例で説明している。
 ピザ製造設備が100万円。他に材料費としてピザ1個につき100円かかる。もしピザを2個作っていれば、総費用は100万円+200円になる。固定費用は工場建設の100万円。ピザを2個作ろうが3個作ろうがこの費用は変わらない。今、ピザを2個作っていてこれを3個に増やそうと思った場合、余計にかかる費用は材料費の100円のみ。これが限界費用だ。限界費用ゼロとはそれも限りなくゼロに近づくという意味だ。
 リフキンは社会の経済生活を形作る財やサービスの多くが限界費用ゼロに向かってじりじりと進んでいる現実を紹介し、資本主義の命脈とも言える利益がそのうち枯渇すると予測している。
 その財のうちに電力が再生可能エネルギーとインターネットによってタダみたいなものになるとリフキンが言っているのは大変気になるところだ。これは次回以降取り上げることにして、まず身近なところで起きている限界費用ゼロ現象について考えてみたい。
 確かに、インターネットを使って物の交換やサービスの提供が非常に安い価格で行われるようになっている。メルカリ(ネット上での不用品の直接売買)、民泊、エ二タイムス(これは便利屋のようなもの)、ヤフオク、白タクシステム。
 情報に関して言えば、インターネットを使えれば検索機能で国会図書館と優秀な司書が自宅で利用できるも同然だ。ネットによる音楽の配信、ビデオもタダのものがたくさんある。新聞や画集や写真集は買わずに画面で見られる。
 これが可能となった背景はネット上のコピーと蓄積や検索、中古品や余っている物の活用、他人とのシェアがインターネットを通じて誰とでも出来るようになったことだ。対価としては貨幣だけでなくビットやポイントでもやっている。
 リフキンは究極の限界費用ゼロ社会として、ボランティアでやる場合を挙げて、将来、利益追求型よりボランティア型の方が優勢になると予言している。こうなると前述のインターネットビジネスはそのうち利益を出せなくなるということだ。リフキンは限界費用ゼロの現象として電子出版、再生可能エネルギー、製造業における3Dプリンティング、オンラインの高等教育、音楽なども挙げている。
 考えてみると、毎週、福島から配信しているこのエッセイも家のパソコンで作成しメールを使っているので、ほとんど限界費用ゼロ。パソコンや光通信はもともと必要を感じて購入し日常使っており、書いたり送ったりは自分自身の時間を使っているだけだ。
 原稿料を稼ぐのが目的ではなく、より多くの人に自分の考えを発表し、それに対する意見を聞きたいから読みたい人と送っても迷惑だと言わない人に送っている。これはリフキンの言うボランティア型ではないか!
                                        (つづく)

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