日本エネルギー会議

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福島で目立つ絶対論

 東日本大震災と原発事故で大きな被害を被った福島県は、宮城県や岩手県などとともにこの6年余り復興に邁進してきた。特に福島第一原発の事故の被害は福島県が中心であったため、復興しようにも除染をしなくては手がつけられずまた、農林水産物では風評被害も大きなハンディとなった。
 福島県では全面的な国の支援を受けながら、原発事故被害の収束、避難住民の生活再建、地場産業の復活が行われ、原発に替わる再生可能エネルギーの開発、新たな産品づくり、工場誘致、都会からの人材の確保、観光客の呼び込み、風評被害の払拭などさまざまな取り組みが見られた。
 廃炉工事や大規模な除染工事に加え、インフラの復興や東京電力からの賠償金による住居の再建、消費行動の活発化など地元にはバブルとも言える復興景気がここ数年続いている。
 だが、福島では原発事故の一方的な被害者である自分たちが十分な支援を受けるのは当然との思いが自治体、企業、住民に浸透、その思いもバブル化しているようにも見受けられ、計画や実施結果を冷静に分析、評価出来ていないおそれがある。
 冷静に全国の他の地域と相対的な比較をするのではなく、自分たちのやっていることを絶対的に評価してしまい自己満足に陥り、相手に良さの押し付けをしてしまう。結果が悪ければ原発事故のせいにするといった具合である。
 メディアも復興を盛り上げるよう、そうした状況をそのまま伝えている。いままで全国、地方に限らずメディアが福島の企業、産物、観光資源、復興状況を批判的に伝えたり、他県と比較して劣る点を指摘したりすることはめったにない。広告主がいる民間だけでなく、公共放送でもそうなのだ。
 相対論をあえて避け、絶対論で通したために悲惨な結果になったのが太平洋戦争だ。戦争前に、日本の軍事力や資源量など戦争遂行能力についてアメリカとの相対的な比較をして戦争をするべきではないと主張した人もいたが、結局、軍部によって日本が歴史上外国に負けたことがない、日本民族は世界一優れていると絶対化し、資源や技術の劣勢を精神力と努力で跳ね返して勝つことが出来るとしてあらゆる批判を封じ込めてしまった。
 戦争が始まると「これほど努力しているのだから、負けるはずはない」と自らに思い込ませるようなことまでして傷を深くし、国を焼け野原にしてしまった。
 福島県の復興は元に戻すのが復旧であり、さらにその上に発展することを目指すものとしているが、いずれにしても他県や外国という相手がいる。彼らも生き残りをかけてその資源を駆使し、ありとあらゆる知恵をだしてくるのだ。
 福島県の受けてきた被害について知る全国の人々は福島県の活動や産品を温かく見守ってきてくれた。「下駄を履かせる」という言葉があるが、いままでの福島県はまさに高下駄を履かせてもらっていた。だから、それは相対的に評価した結果とは違うものだということを福島県の人々はよく自覚する必要がある。

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