日本エネルギー会議

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限界費用ゼロ社会(2)

 多くの人は宣伝に煽られて必要以上の物やサービスを求めつづけているが、結局、それを手に入れることで低次元の満足を得ているに過ぎない。おかげで資本主義経済が成り立っているのだが、この種の欲望に振り回さていては真の幸福を感じることは永遠に出来ない。
 使い切れないほどの金を持った大富豪は、ほとんどが社会福祉活動や文化支援活動に熱心で、本人は意外と素朴な生活をしていたりする。そうしなければ、彼らほどの金持ちでも心が満たさせることはないようだ。
 今日のように物やサービスが溢れかえることのなかった時代、人々が貧しいながらも喜捨、奉仕活動などをすることで、持たない人にも無償で物を与えサービスを提供し、そのことで与える側も満足感を得ていた。その頃、国の経済活動の一部はこうした売り買いによらない物やサービスの移動によっていたはずだ。
 科学技術と大量生産方式により収入が増えるとともに、物が安価にいつでも手に入るようになり、他人に与えられなくとも自らが働くことで得た収入で物やサービスを買うことが出来るようになった。「おとぎ話の王子でも 昔はとても食べられない」というアイスクリームの歌がある。その後、資本主義が成熟するにつれて、人々の間に経済格差が生じ、現在では個人の努力ではなかなか越えられないほどのものになっている。
 最近ではすべての国民が無条件で最低限以上の生活が送れるよう「ベーシックインカム(最低限所得保障)」制度が提唱されているが、インターネットなどの発展でリフキン氏の言うように限界費用ゼロになれば、それで誰でも一定の生活をすることが出来るようになるかもしれない。いままで捨てていたものを、費用をほとんど掛けずに再生して使ったり、他に分け与えたりする仕組みが出来ることは地球環境的にも倫理的には好ましいことに思える。
 科学技術は地下資源を掘り起こし熱帯林を開墾し大量の廃棄物で環境を汚染させることで資本家が巨万の利益を得るために使われるべきではなく、それによって、人が暮らしていくための基本的なものは誰もがほとんど無償で手に入るようにするのが本来の科学技術のあり方ではないだろうか。
 冬でも天気の良い日には暖かく過ごせ、洗濯物が乾き、プランターの菜っ葉が育つ。最近では屋根のソーラーで電気も起こせる。山に降った雨は河川から海に流れ込み再び蒸発して雨雲になり、その途中で飲料水や農業用水になる。
 科学技術は本来、そのような働きをさらに効率よくし効果的にする道具として使われることが理想的だ。そのうちAIが一瞬にしてその課題について最適解を出してくれ、労力と資源を無駄にする試行錯誤は過去のものとなるかも知れない。それはネット情報とともに、限界費用ゼロに向けての大きな支援となる。結果としてまだ物やサービスが不十分な途上国の人々にも大きな恩恵となる。
 科学技術を使って限界費用ゼロ社会をつくる動機は、「面白いからやる」、「世の中のためになるのでやる」、「心が満たされたいのでやる」であり、「金儲けのためにやる」よりマシであるはずだ。私が電力会社の採用担当をしていた頃、面接で入社動機を「社会のためになりたい」と言う技術系の学生が多かった。
 既にITの世界では、オープンソースソフトウェアが流通しており、代表的なものにLinuxがあるが、その開発者はこれで儲けるつもりはなく、多くの人に改良をしてもらって、より広く活用してもらいたいと願っている。
 次回はいよいよエネルギーの生産と供給における限界費用ゼロがどのように達成されるかについて。
                    (つづく)

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