日本エネルギー会議

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すれ違いの復興

 政府の肝いりで東日本大震災と原発事故からの復興を進めている福島県は、最後まで避難解除されずにいた富岡町、大熊町、双葉町、浪江町がそれぞれ一部解除されたのに伴い、帰還する住民が生活出来るようにするための努力を町とともに続けている。
 例えば富岡町では医院、診療所、警察署、消防署、郵便局、銀行、法務局の出先機関、スーパー、ホームセンター、コンビニ、ガソリンスタンド、新聞販売店、地元新聞社の支所、介護支援施設、公営住宅、富岡駅などが次々に再開、あるいは新たに建設されている。
 小中学校は来年4月に開校し、未就学児童の預かりもする。もちろん除染を徹底してやったうえでのことである。環境省によれば全体で0.64マイクロシーベルト/時、宅地の平均では0.52マイクロシーベルト/時。これは除染前の3分の1~4分の1だ。(2017年3月末)交通の便としては常磐線の開通、町内の循環バスの運行などもある。

ホームセンター

大型スーパー

診療所            公営住宅

 町は避難解除に当たってここまでやったのだが、4月1日に解除して半年が経って帰還した住民は、全町民約15000人中(帰還困難区域はまだ解除されていないため、避難解除対象人数は10000人程度)わずかに400人弱だ。
 居住はしていない通いの自治体職員、除染やインフラ復興工事の関係者、福島第一原発、第二原発の関係者、それに周辺の町村の住民でスーパーは賑わっている。昼間はダンプが行き交い、人も数多く見かけるのだがが、夜間人口はたかだか数百人に過ぎない。
 帰還のために家の修復を行っている様子もあまり見られない。このまま来年も住民が元の1割を切る状態が続くのだろうか。解除前のアンケート調査では半数以上が「もう戻らない」と回答しているが、解除した結果はそれ以上にひどい。
 保護者を対象に子供を連れて富岡町に戻るかと聞いたところ、「戻る」は2パーセント「戻らない」は87パーセント「判断出来ない」が11パーセントだった。
 この状況からすると、ほとんどの住民が避難から6年を経過した現在、避難先に定住してしまったと見るのが妥当だ。商店もスーパーなどは別にして、営業しているのは工事業者相手の金物店やスナックしかない。商店の後継者難もあるようだが、この人口では商売にならないと読んでいるのだろう。
 実際、帰還した人はほとんどが高齢者。東京電力からの精神的損害賠償1人当たり700万円は多くの人がこの6年間でかなり使ったと思われ、これからは年金暮らしで消費もあまり期待出来ない。
 国土交通省の「国土のグランドデザイン2050」(2014年)が、主なサービス業態について地方での立地条件を示している。それ以下の人口になれば経営が成り立たないという指標だ。それによれば、訪問介護事業 8500人、銀行 6500人、一般病院 5500人、ハンバーガー店 3万2500人、ペットショップ 2万0000人、飲食料小売店 500人、救急病院 1万7500人となっている。
 現在、富岡町で営業している店舗なども、住民の帰還を促すために県や町の要請で再開あるいは新設しているものがほとんど。補助金や事業者向けの営業補償で経営を成り立たせているが、いずれも人手不足に悩んでいる。これらを存続させるためには、人口が元に戻るまで支援を続け、補助金などを支払いつづけなくてはならないが、そんなことは可能なのだろうか。

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