日本エネルギー会議

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怒りの葡萄

 「怒りの葡萄」は1939年にアメリカの小説家ジョン・スタインベックが書いた小説のタイトルで、映画化もされたので知っている人も多いはずだ。オクラホマ州の農民一家が干ばつと大資本のために土地を追われ、ぼろ車に乗って豊かな土地とされていたカリフォルニア州へ移住する。苦しい旅の途中で老齢の祖父母は死に,カリフォルニア州での生活も悲惨をきわめ,移住民たちは翻弄されるという物語だ。厳しい社会批判が大きな反響を呼び、ビュリッツァー賞を受賞している。
 2011年、日本では福島県で原発事故のために土地を追われた人々がバスや自家用車で着の身着のままで一斉に移動したが、7年後の現在に至ってもまだ帰還困難区域に指定された地域では戻ることが出来ないでいる。生活は国の支援策と東電の賠償により守られているとはいえ、この間に避難中にあるいは避難先で高齢の家族を失った家庭は多い。
 また、避難先に家を新築したが新しい地域に溶け込めず孤立している家庭もある。既に避難指定解除となった区域では除染とインフラの復興、防災対策により多くの住民が帰還可能となっているが戻る人は依然として少ない。
 今回、国は富岡町、大熊町、双葉町、浪江町の帰還困難区域の中に「特定復興再生拠点区域」を指定して部分的解除を行うことにし今後5年かけて除染をして住民を帰還出来るようにする計画を決めた。
 富岡町でもその計画について今月中旬に各地で住民説明会が実施されることになっている。解除される範囲は国道6号線から西で帰還困難区域の約半分にあたる。残念ながら私の家のある国道6号線から東は対象とならないようだ。
 町は国に対して帰還困難区域全域を一斉に解除するように要望したが、国は認めなかったということらしい。その理由として考えられるのは大規模な除染工事のため費用や人手の問題、除染で出る土壌の行き先がないこと、比較的人口が少なく住宅や企業も少ないこと、一部に放射線量の高い場所があること、帰還希望者が少ないことなどが考えられるが、私は現在当該地区が大量のフレコンバッグの主要な置き場になっていて、大熊町・双葉町にまたがる中間貯蔵施設への搬出の見通しが立たないことによるものと考えている。(要は住民帰還よりフレコンバッグの仮置き場として当分使うことを優先)
 したがって当該地区の避難指示解除は今から5年後に予定されている解除のさらに5年以上後になることは確実で、そうなると福島第一原発の事故発生から17年経っての解除となり、現在73歳の私はその時83歳になる。
 フレコンバッグの置き場になっている農地などの所有者には土地の賃借料が入り続けるが、そうでない住民は当初の精神的苦痛に対する慰謝料は同じで、帰還可能になるまでの年数が5年も多くかかることになり到底納得がいかないだろう。
 いままで帰還困難区域とその他の区域の住民が賠償額の差で互いに気まずい思いをしてきたが、これからは帰還困難区域の中で新たな分断が起きる。日本版「怒りの葡萄」はどんな内容になるのだろうか。

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