日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

何故、曖昧な表現をするのか

 新たなエネルギー基本計画が経済産業省の諮問機関である「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」で議論されている。注目されるのは原発の取り扱いだ。現在の第四次計画では原発を安定的な「ベースロード電源」と位置付けたものの、原発依存度は「可能な限り低減させる」とも明記されており、原発を推進するのか、脱原発なのか、よくわからない。
 どころか安定的で頼りになる電源の依存度を、何故下げなくてはならないのか、明らかな矛盾だ。今年夏にも見直されるエネルギー基本計画に対して、経産大臣の私的懇談会「エネルキー情勢懇談会」が提言をしたが、そこでも原発についての曖昧さは変わっていない。
 そもそも、「可能な限り低減させる」とは次の3ケースのどれなのか。①だんだん減らしていって、将来完全に原発をやめる ②今ある以上に増やさないが、将来もやめない ③可能な限りと断っている。場合によっては増やさなくてはならないこともありうる。
 原発は大出力でその出力は安定。送電線も既に存在する。福島第一原発の事故後の見直しの結果、原子力規制委員会が独立し、新規制基準による厳格な安全審査が行われている。審査を通り地元が賛成すればいつでも稼働できる。
 それなのにこうした曖昧な表現を見ると、国民はやはり安全性などに問題があるから将来的には止めなくてはならないものなのか、それとも建て替えや増設などの計画がどこかに隠されているのかと疑心暗鬼になる。原発にもともと批判的な人から見ればなおさらだ。中立的な人でも、こうした基本計画の書き方は好ましくないと考えるだろう。逆に原発推進側からすれば、なんとも腰の引けた表現でがっかりだ。
 人々を疑心暗鬼にするのは良いことではない。国会で「記憶の限りではお会いしたことはない」を繰り返した柳瀬元総理秘書官は「思い出しました。確かに今治市の方とお会いしました」と言わないからいつまでも国民は納得せず、やはり安倍総理の方からの指示があったのだろうと推測する。「記憶の限り」とごまかすなど、国民からすれば馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたくもなる。
 世論の反発を恐れて原発に対する態度を明確にしない、エネルギー政策について結論を先延ばしにする。変化の激しい時代に、そんなことをしていたら結果はどうなるか。政策は後手後手で、虻蜂取らず。
 電力会社は廃炉判断に傾き、エネルギー安全保障が危うくなるだろう。このような曖昧な基本計画が出来て喜ぶのは誰なのか。やれやれと安堵するのは誰なのか。温暖化対策の国際約束はどうなるのか。そして、説明も受けずに費用負担だけさせられるのは誰なのかを考える必要がある。

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康
Facebook Twitter