日本エネルギー会議

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原発事故の下地は日本独特か(3)

 福島第一原発の事故の原因を掘り下げて行くと、日本人の考え方、歴史などの地層に突き当たった。(過去のエッセイ 戦争調査会と原発事故原因の探求(1)~(8)を参照)そこで「我が国独特の思想、文化、自然条件、経済事情によって福島第一原発の事故の下地がつくられた」とする仮説を立てたが、これは他の国にも言えることではないかという疑問が生じたため、それが日本あるいは日本人独特のものかをより深く考察することにした。今回はその第三回である。

(事故の下地となったこと)
・日本人は、科学技術が合理性を追求した結晶であり、徹底したリアリズムであることを忘れ、根本ではなく小手先の対策で済ましたり、現地確認もしないで安全上の問題はないと判断したり、精神力で物量的、技術的な劣勢を跳ね返せると考えたり、深刻な事故の対策を行うよりも「起こりえない」として問題を矮小化し、時にはないものにすることがある。

(日本独特か否か)
 先に述べたように日本が科学の発祥の地ではなく、科学技術の成果の利用から始めたことで、「何人も動かしがたい真実は認めずにはいられない」という科学の根本の理解に欠けるところが今でもある。そのため、しばしば科学のリアリズムを無視したり、軽んじたりして無謀な行動をした。これは科学が入ってくる以前に科学的な思考によらない方法論が成熟し社会に浸透していたためである。また、判断にあたって直感に頼り、もろもろの周辺事情にも細かく配慮する傾向がある。そのような社会は日本だけとは言えないが、日本の場合その傾向は強い。

(事故の下地となったこと)
・日本人は安全であるうえに安心まで求める。科学的事実に対しても、体験したことがない場合には、少しでも不安な要素があると往々にしてゼロリスクでなければ認めないと主張することが多い。このために逆に出来る対策さえ取らずに無防備になることもある。

(日本独特か否か)
 一般的に、危険が身近に多く存在すれば、ある程度の危険性があっても必要性が優先される。しかし、日本は日常生活において平和で治安もよく、極めて安全な環境で生活しているため、一種の平和ボケを引き起こしている。衛生状態にしても極めて良好であり、人々は潔癖性をどこまでも追求しうる環境にある。また、物事を突き詰めて考える傾向もあって、確率で物事を考えて総合的に判断することが苦手である。これらは世界共通ではなく日本人独特と言える。

(事故の下地となったこと)
・日本人は横断歩道で信号機が青になれば、自分で左右を確認することなく一目散に渡り始める。車が来ていないかではなく信号機のみを確認し、法律や権威にすがり、かつ自分たちは護られるべきだと考える。こうした国民性は、幕藩体制以降数百年にわたって培われてきたものであり、お上を信じて委ねることで気楽に生活が送れることを覚えた。また、戦後はお上に代わって、民主主義と法律に守られている、法律さえ守っていればよいという人々の意識も見られる。このような他人任せと法律絶対論が、自然災害、大事故によって国の存在を危うくする下地をつくっている。 

(日本独特か否か)
 欧米でもアジアでも信号機はそれほど信用されておらず、人々は自己責任で車が来ないか確認をして横断している。中国では信号順守を国が懸命に啓発している。日本では国民の中で政府機関、大企業に対する信頼はひところよりは低下しているが、それでもまだ高い。信頼社会、安心社会を築き上げ、長い歴史のなかで人々に自立心、自己責任観念を失わせ、ここまで国などへの依頼心、依存心を持たせることになったのは日本独特と言える。

(まとめ)
 これまで福島第一原発の事故を起こす下地となったことがらが、日本独特か否かを見てきたが、今後、無謀な戦争を始めないようにする、あるいは福島第一原発の事故のような大事故を起こさないための根本的な対策を講じるには、日本社会や日本人がこのような下地を持っていることをよく理解した上で事に当たることが大切だ。
 ここに挙げた日本独自の下地は、日本人にとってこの国の居心地の良さを感じる原因になっており、外国人が日本に惹きつけられる源ともなっている。この下地は極めて根強いものであり、ある時突然、無条件降伏や大事故といったことで大きな痛みを伴って修正がされるが、また元に戻ろうとする。それはあたかも東日本大震災を引き起こした日本海溝の太平洋プレートの沈み込みのようなものだ。
 しかし、下地はプレートと違って、歪みが極大に達しないよう人為的に修正することが可能である。自立心を欠き、法律に依存する、自分を護るために安易に迎合する、その場限りの無責任な行い、直感に頼りすぎてあるいは感情に任せて合理的な思考をないがしろにする、このようなことが見えた場合には、直ちに声をあげることが大切である。子孫が悲惨な目に遭わず、日本が住み心地のよい社会であり続けるためには、日々の努力が欠かせないことを我々は認識しなくてはならない。  

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