日本エネルギー会議

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信なくば立たず

 「私の発言が誤解を招いたとすれば陳謝する」「不快な思いをさせたとすれば申し訳ない。発言を撤回する」。パワハラ発言や酷いヤジを飛ばしたことに対する大臣や国会議員の会見でのこうした言い訳を聞くと暗澹たる気持ちになる。論理的に完全に破綻している内容であるし、普通の神経ではこんな言い訳はとても言えないはずだ。「責任を取る」ということは「そのままそのポジションに居続ける」ということになりつつある。言葉の意味も随分と変わってきたようだ。それを臆面もなく言うのを許している雰囲気に危機感を持たざるを得ない。日本は「恥の文化」と西欧人に言われたが、すでに日本が日本でなくなっているのかもしれない。
 国会の証人喚問にしても、ロッキード事件の証人は宣誓の時に手が震えてサインが出来なかった人がいたが、最近の証人は目をクリクリとさせる程度でまるで役者のように表情を変えない。総理大臣までが「巧みな答弁術」を身につけてしまい、国会中継を聞いていても中身のないこと甚だしい。しかたがないから、耳から入る言葉は聞き流して、テレビカメラが捉える本人の表情から何かを読み取ろうと画面に集中することになる。今年に入ってからの世論調査では内閣不支持の理由の最多は、「(安倍首相の)人柄が信頼できない」だった。
 そのような状態であっても選挙をすればいままでと同じ党や議員が勝つのを見ると、いよいよ国全体の復元力がなくなっており、沈没も間近いような気がする。「魚は頭から腐る」と言うが、このような状況が一般的になってしまえば日本は終わりだ。頭の部分にいる人たちの罪は重い。
 2018年度の原産協会定時社員総会が先月開かれたが、今井敬会長は総会冒頭の挨拶で、第5次エネルギー基本計画の素案が取りまとめられたことに触れ、3E(供給安定性、経済性、環境保全)の観点から原子力発電の活用は欠かせないものの、原子力を巡る厳しい情勢の中、社会的信頼の獲得が何より必要であると強調した。
 国民から長いあいだ絶大なる信頼を得ていた電力会社が一連の原発不祥事によって社会的信頼を失い、その回復にどれほど苦しんだか、さらに福島第一原発の事故後、今に至るまでいかに苦闘しているかをよく表している。原子力の場合も信頼を得るためには、「やっている人たちの人柄が信頼出来る」と言われるようでなければならない。まず記者会見での対応や発言が大事だ。心のなかでは世間をどう思っているかは、言葉の端々や顔の表情からにじみ出てくるもの。先の政治家の対応や発言は反面教師になる。やっていることが概ね正しくても、信頼感が得られないのではだめだ。しっかりとテレビ中継やニュースを見て学ぶ必要がある。

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