日本エネルギー会議

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福島の復興を考える(6)

(帰還しない住民)
 福島第一原発の近くで、まだ帰還困難区域が残る4町(大熊町、双葉町、浪江町、富岡町)の住民帰還に対する政策が揺らいでいる。ここ何年か、住民の意向調査をする度に「帰還しない」の割合が増え、最近は4割を超えている。富岡町は2017年4月1日に町の面積の4分の3にあたる居住制限区域が解除された。町の人口からすれば、約2分の1の約7000人の住民が帰還可能となった。それから1年2ヶ月経過するが住民の帰還はほとんど進んでいない。
 多くの人はすぐにでも帰還しそうなものだが、2018年7月1日現在帰還しているのは684人に留まる。町役場の職員でも長距離通勤や単身赴任をしている人がいる。帰還率は住民票を富岡町に置いている人の5パーセントと極端に少ない。帰還した人のほとんどが高齢者だ。 
 意向調査では、選択肢に「戻らない」以外に「戻る」「判断がつかない」「その他」があったが、回答した人のほとんどが結果的に「戻らない」だったのだ。2018年6月末現在も住民票を富岡町に置いたままの人は町全体で1万3170人。事故のあった2011年3月は1万4723人なので7年経っても1000人しか減っていない。戻るつもりもないのに住民票を富岡町に置いておくのは、「置いておいたほうが何かと有利な扱いを受けられるのではないか」「手続きが面倒」「生まれたところなので富岡町となんらかの繋がりを持っていたい」「知人、友人の手前」「家は建てたが住民票を移動するようにとは役所から言われていない」などの理由が考えられる。
 戻らない本当の理由は、「家を新築した。あるいは中古の家を購入した」「仕事が見つかった」「子供の教育のため」「もともと富岡町から離れたかった」「ずっと遠くに避難してしまった」などであるが、最も多いのが「家を新築した」であろう。そうなった原因は東電の賠償のやり方だ。かつての持ち家率は8割だったので、ほとんどの世帯が土地と家屋の不動産賠償の支払を受けている。都市部に家を確保するという想定で賠償金額のかさ上げが行われ、大きな家を新築することが可能になった。しかも、実際に使わなければ支払われないルールになっている。人々は限度額いっぱいに賠償金をもらうため競って大きな家をいわき市や郡山市に建てた。いまさら元の町に戻って古い家には住みたくないという気持ちだ。もし、帰還するとなると新築した家を売って、古い家のリフォームをしなくてはならない。古い家は取り壊しを県の費用負担でやってもらえるとなると、経済的に帰還は選択しにくい。
 人々の気持ちが「戻らない」に傾いたもうひとつの原因は、避難区域の解除があまりにも時間がかかったためだ。住民の帰還の条件は区域の除染が完了することであったが、環境省や町が住民集会を開けば、もっと徹底的に除染をやれという声が上がる。除染はしなくてもよいから早く帰還させてくれという声は出てこない。国や東京電力に放射能をばら撒いた責任をきっちりと取らせなくてはという気持ちが強いのだ。環境省や県の除染工事には時間がかかる。富岡町の居住制限区域内の除染に何年もかかってしまった。
 除染の目標値はよく知られている「年間1ミリシーベルト以下」だ。区域内は線量がまちまちだが、除染工事は測定結果によって場所を選ぶのではなく一律に行われる。除染の実態は雑草の撤去と土の入れ替えであり、住民もそれを望むようだ。住宅の敷地の一箇所でも年間1ミリシーベルトに相当する値が測定されれば、その敷地の表土は全面交換である。このやり方では時間がかかるはずだ。結局、住民が「年間1ミリシーベルト以下」を環境省に飲ませたことが、解除に何年もかかるという結果を招いたということだ。
 町はインフラの整備、商業施設、医療施設、公営住宅の建設など次々に手を打ったが住民は戻らず、ピカピカの商業施設は隣の楢葉町や川内村の住民と廃炉作業、除染作業の関係者で賑わっている。町としては住民の帰還により人口を増やしたいのだが、避難した人が避難先に家を確保した後はよほどのことがないと動かすのは難しい。富岡町の元の家や土地を廃炉や除染の関係者に貸す元住民が増えている。頼みの高齢者は年月と共に確実に亡くなっていく。町の人口の回復は、周辺の町村の住民が富岡町に移り住むか、工事関係者が地元に住むようになってくれるのを待つしかない。

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