日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

すでに虚構か(7)

 今回のエネルギー基本計画も政府は各方面からの批判をかわすために従来計画をなぞり、根本的な改革をスルーした。しかし、その内容は「現在の電源設備の温存」であり、私の提案と結果的にほぼ同じとなった。ただし、その意図するところは違っていて、「危機管理的に余裕を持たせる」のではなく「批判の回避」だ。

 政府は原発をとりまく状況が実質的にはすでに虚構であることを認めようとしないが、それが説得力を欠く計画づくりになった原因だ。核燃料サイクルを前提とした原子力開発計画という虚構を、あたかも現実的であるかのように取り繕うことはいますぐにやめるべきである。

 消費者は電力料金請求書に含まれている電源開発促進税の使われ方も知ろうとせず、我が国が置かれている電力供給上、戦後最も危機的な状況にも気づかず、過去からの惰性と関係者の権益を守るための費用を負担し続けている。一方で、これも消費者に負担させた再生可能エネルギー促進賦課金をばらまいたことで濡れ手で粟を掴んだメガソーラー開発業者が続出。海外資本も加わって乱開発ともいえる状況が繰り広げられている。これも官僚等による高額買取という安易な計画が招いた混乱である。

「当面どうすべきか」「将来的にどうするか」はすでに前回までで述べたところであるが、核燃料サイクルを前提とした原子力開発がすでに虚構であることを認め、電力の安定供給維持のために国民にこれからも負担をお願いすることこそ政治の役割である。これまでの原子力開発の歴史で、虚構であることを公に認めたのは「もんじゅ」の廃炉が初めてである。政府はフランスとの高速炉の共同開発でその場を取り繕ったが、国民の多くは建設と運転に1兆円かけたプロジェクトがほとんど目的を果たさず、さらに廃炉に3750億円(燃料処理を含めれば1兆円)かかることに呆れつつも廃炉になったことに安堵した。虚構の次なるハードルは使用済み燃料再処理の中止決定である。青森県には巨額の対価を取られるであろうが、再処理施設を本格運転しないことで、これ以上汚染させずに廃止措置の場合の放射性廃棄物の処分量を減らしたほうが得策である。準国産エネルギーのウランから純国産エネルギーのプルトニウムが得られるというメリットは、再生可能エネルギーがコストを下げるたびにその意義を失い続けている。

 政府は既存の原発を再稼働させるための追加の安全対策工事にいくらかかったのか、新規原発を建設した場合その発電コストはいくらになるのかを明らかにして、それが電力供給の安全保障に果たす役割と二酸化炭素排出抑制に対する貢献度を説明して、発電コストの負担を国民にお願いするのが筋である。電力自由化という矢はすでに放たれている。そのなかでも電力の安定供給と安全の確保、環境の保全は譲ることの出来ないものだ。それらの役割を原子力に担わせるのであればなおさら虚構を認め、実際のコストなどを明らかにして国民の理解を得るようにしなくてはならない。

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康
Facebook Twitter