日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

福島の復興について考える(19)

(宝の山)
民謡「会津磐梯山」の冒頭の「会津磐梯山は宝の山よ」はよく知られている。福島県の観光の目玉は歴史が刻まれた会津若松、秘境の奥会津、雄大な景色の磐梯山と美しい湖沼群にスキー場、そして日本第4位の広さの猪苗代湖だ。農産物などの恵みはもとよりその景観や温泉はまさに福島県の宝で、海外からの観光客にとっても誠に魅力的な土地だ。

それにしてもそこへ行くのは不便きわまりない。尾瀬ほどではないにしろ、尾瀬の少し手前が奥会津だということで相当の山奥であることがわかる。すぐに行けたのでは秘境ではないが、それしても新幹線の郡山、あるいは東北自動車道の郡山インターで降りてもそこから在来線に乗り換え、高速バスで1時間以上かかる。

海外からの観光客を地方の空港に直接迎える動きが盛んだが、福島県の空港は県の中南部の須賀川市(私の避難先)にある。須賀川市からは東北自動車道で郡山市まで小一時間かかる。猪苗代や会津へはそこからさらに1時間。何故、須賀川市に空港を造ったのかといえば、人口が多い郡山市といわき市から同じような距離であり、離れた福島市の人たちは仙台空港を利用すると考えたのだろう。しかし、いわき市からは磐越自動車道経由あぶくま高原道路を使っても1時間はかかる。人々は2010年から茨城空港を利用しはじめた。浜通りの人々はもっぱら仙台空港派だ。

実際に福島空港に行くと閑散としている。土産物店や飲食店も大変そうだ。定期航路は北海道の新千歳空港との間に1日1往復、大阪空港との間に1日4往復しかない。台湾からのチャーター便がポツポツといった状況だ。使い勝手は最悪の部類だ。中通りの県民も新幹線で東京に行き羽田や成田を使うか、仙台空港に行く。

空港は1993年に開港し、1999年には国際空港になっている。利用者のピークはその年であり、路線は札幌、函館、帯広、名古屋、大阪、広島、福岡、沖縄と広がったが、その後利用者が急減し各航空会社の路線は撤退してしまった。国際線は上海、ソウル便があったが、これも振るわず東日本大震災と原発事故で全滅した。震災後の一ヶ月は羽田、千歳、大阪、中部との間に最大1日22便も飛び、緊急物資輸送に大いに役立ったが、現在空港は完全にお荷物になって、福島県の悩ましい問題のひとつになっている。

国内外の観光客を呼び込むには、宝の山の近く猪苗代湖近くの平地に空港があることが望まれる。アクセスの悪さをなくし東南アジアなどから直接来てもらえるようになる。県民としても会津若松市、郡山市から近いので利用客は見込める。猪苗代会津空港を新設し、現在の須賀川市にある福島空港は思い切って廃止するか、貨物専用・緊急時空港とするべきではないかと考える。東南アジア諸国が風評による禁輸を解く時がくれば、県産品の輸出拠点になる。いままでのいきさつに囚われていてはジリ貧だ。

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康
Facebook Twitter