日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

深まる疑問

元日本原子力技術協会理事長である石川迪夫氏による福島第一原発の事故原因に関する学説は、4年前に同氏の著書「考証 福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか」(日本電気協会・新聞部)によっていち早く知ることが出来た。先日、その学説がわかりやすい表現で電気新聞に連載された。石川氏は連載の最後で自らの学説を次のようにまとめている。
1. 炉心溶融・水素爆発は阻止しうる(炉心溶融は崩壊熱でなく冷水と高温になった燃料被覆管(ジルカロイ)との化学反応の熱で起きた)
2. ベントの活用で線量率を避難勧告値以下に押さえうる
3. 事故時の被ばくはベントで安全確保されるため、将来の原子力発電所は格納容器を必要としなくなる

福島第一原発の事故では国の避難指示によって自宅から100キロ以上も避難した私にとって、この石川学説は衝撃的なものであった。何故なら、従来の説明によって原子炉から出る崩壊熱によって炉心は溶融したとばかり思っていたし、各種の報告書、メディアの報道でもいずれも炉心溶融と水素爆発は別ものとされていたからである。学説を読むとその驚くべき内容は納得のいくものであり、さすがにスリーマイル島事故の現地調査に参加されたこともある第一人者の分析は鋭いものだと思った。その驚きを超す驚きが、この学説に対する世の中の反応である。何故か原子力の専門家は反論せずにいる。新学説に反対なのか賛成なのかもわからない。メディアもほとんど取り上げない。いったいこれはどうしたことなのか。

石川氏も新しい学説が、即座に世間に受け入れられることはない。その最大の理由は、原子力関係者のほぼ全てが、「炉心溶融は崩壊熱によって起きる」という、従来からの学説を信じているからにほかならないと書いている。もし、「冷水と高温になったジルカロイの化学反応の熱によって炉心溶融が起きた」とすると何がまずいのだろう。原子力規制委員会と原子力規制庁が決めた新規制基準が役に立たなくなるのか、専門家の立場がなくなるからなのか。不可解極まりない。崩壊熱による炉心溶融は実際に起こるのか、起きるとすればどのような条件で起きるのか。どちらの原因による炉心崩壊の確率が高いのか。実際に冷水と高温のジルカロイ反応でどのくらいの熱が出るかを実験できないのか。新規制基準や実際に改訂された事故対応運転マニュアルは化学反応による事故の阻止に役立つのか。IAEAや世界の学者、技術者はどう考えているのか。実際の運転員などはどういう理解をしているのか。ベントすれば放射能が1000分の1になるので、初期の段階から積極的にベントするという運用や格納容器のない原発が果たして地元住民に受け入れられるのかなど、疑問は深まるばかりだ。

(以下は11月22日付で電気新聞に掲載された石川氏の主張)
炉心溶融はどうやって起きるのか――。従来の学説では原子炉から出る崩壊熱によって炉心は溶融する、としていた。しかし東京電力の福島原子力事故データを一つ一つ丹念に読み解くと、これは疑わしい。拙著では、事故で高温となった燃料棒の被覆管(ジルカロイ)と冷水が反応し、大量の熱が短時間に発生したことで起きたと考えれば、東京電力が残した事故データと矛盾することなく、事故経緯が説明できることを論証している。

世界を驚愕させた炉心溶融直後の水素爆発は、ジルカロイと水の反応で還元された水素が原因である。炉心溶融と水素爆発が同じ原因(化学反応)に帰することは、福島第一原子力発電所の1~3号機で溶融・爆発(2号機は水素爆発に至っていない。その理由は拙著参照)が共通して起きていることからも明らかである。これは、事故データを丹念に分析すると自ずと分かることであり、この論証に沿って考えれば、40年前に起きた米国スリーマイル島(TMI)原子力発電所の溶融・爆発もまた同じ経緯(化学反応)をたどったことが分かる。

大切なことは、炉心溶融(と、それに続く水素爆発)が化学反応で起きた事実である。化学反応であるから、反応条件が成立しなければ――冷水と高温被覆管(ジルカロイ材料)が共存しなければ――、反応(炉心溶融)は起きない。炉心溶融は防止できるのである。崩壊熱は物理的現象であり、なくすことは難しいが、化学反応は防止することが可能だ。

防止する方法はいくつかあるが、故・吉田昌郎福島第一原子力発電所長が試みた炉心減圧もその一つだ。減圧による蒸気の放出で炉心は冷え、燃料棒温度は飽和温度(約200℃程度)にまで下がる。この低い温度では被覆管は冷水と反応できないから、減圧で炉心が冷えたチャンスを逃がさず冷水を注入していれば、炉心溶融は起きなかった。残念なことに、冷水の注入は2時間ほど遅れた。この遅れで燃料棒温度は再上昇し、炉心は溶融に至った。

学説2 炉心溶融に至ってもベントにより放射能放出は避難勧告値以下にできる

福島原子力事故が示したもう一つの重要な点は、溶融炉心から放出された放射能の状況が、原子炉の近くで実測・記録されていた事である。これは原子力安全上、特筆すべき功績である。それも、ベントから放出された1、3号機と、炉心から直接放出された2号機という、2種類の放出形態による影響が、モニターカーにより実測・記録されていたのだ[編注参照]。しかもその測定位置は原子炉からわずか1kmしか離れていない発電所正門である。この記録から、これまで我々が知らなかった新事実が明らかになった。

新事実の第一は、図に見られるように、放出形態の相違で放射線の背景線量率に大変な違いが生じることである。ベントから放出された1、3号機の背景線量率は約20mSv/年にとどまるのに対し、炉心から放射能が直接放出された2号機では約1500mSv/年以上と、実に100倍近い差がある。ただし、図を見ると1号機のベント開放以前から20mSv/年レベルに達している。これは消防ホースを炉心への注水ライン(消火配管)につないだ時刻と同じであるため、この際に、配管のどこかに漏れがあり、炉心の放射能が直接、外界へ出たと考えられる。それを考慮すると、実際のベントの除染効果は1000倍ほどであると考えられる。

これはつまり、ベントを通せば、放射能の放出は千分の一程度に減少するということだ。沸騰水型軽水炉(BWR)におけるベントの被曝低減効果は非常に大きいといえるだろう。
BWRベントとは、格納容器内圧力の上昇時に、圧力を逃して格納容器を守るために、放射能を含む格納容器内の気体を、格納容器下部にある深さ2mほどの冷却水溜まり(圧力抑制プール)に潜らせた後、スタック(煙突)から放出する方式である。冷却水を潜る過程で放射能が洗い落される「うがい効果」が意外に大きく、千分の一近くに減少することが、福島の事故で証明された。

なお、新規制基準に基づき各発電所で設置された、または設置が計画されているフィルターベントは、BWRベントの出口に、更に放射能除去フィルターを設けたもので、実験を行った奈良林直北海道大学名誉教授によれば、効果は10万倍近い。これまで、原子力安全の分野で世界的に大きな問題となっていたのは、炉心溶融により原子炉から放射能が、どの程度濃く、どれほど大量に、どれほど短時間に放散されるのかが分からなかったことだ。そのため危険度も推定できない。実験は許されるわけもなく、考えても分からないから、対策は大まかな見当で定められていた。防災地域を10kmにしたり、80km圏の立ち入りを禁じたりしていたのは、そのためである。

福島原子力事故は、この問題に回答を示している。2号機の地上放出線量率である約1500mSv/年が、その答えである。2号機のこの数値は、炉心溶融に至る原子力事故での最大級の放出線量率とは言えないが、相当大きなものだ。相撲でいえば大関級の値といえる。事故が起きた2011年3月11日から16日の昼頃までの気象は温和で、風は東向きに緩やかに吹く程度であり、風が穏やかならば、放射能は放出地点周辺に留まるから、汚染や被爆は発電所の周辺が高くなる。

繰り返すが、風が穏やかな条件で、原子炉に近い正門付近で測定された、2号機からの放出後の数値が1500mSv/年であった。1、3号機の結果から考えると、仮に2号機のベントが働いていたとすれば、背景線量率はその千分の一の1.5mSv/年となる。この数値は、IAEAの勧告避難線量より有意に低い。BWRベントは、炉心溶融の出す放射能の被爆線量を避難勧告線量よりも低くできる、ということになる。フィルターベントが設置されれば、さらにその数値は低くなることは明らかであろう。

ベントによって放射能汚染が低減でき、避難する必要もない。これは拙著を読んでいない方にとっては、初めて聞く話で、にわかには信じられないであろう。しかし、学問的には言い得るのである。それは、溶融炉心からの放射能放出状況(背景線量率)が1500mSv/年程度と実測されたからにほかならない。添付図を基に、銘々が検算して確かめて欲しい。

[編注]
福島第一原子力発電所1、3号機では、水素ガスを含む蒸気による圧力上昇で格納容器が破壊されることを防止するためベントが行われ、この際、放射能が放出された。2号機はベントが働かず、また原子炉建屋のブローアウトパネルが落下していたことから、原子炉から漏れ出た蒸気がそのまま大気に放出された。

学説3 耐圧密閉の頑丈な格納容器は不要になり、原子力の設計が変わる
福島原子力事故以前の、従来の原子力安全の考え方は、炉心溶融事故が起きれば、放射能を密閉容器に貯留して減衰時間を稼ぎ、容器が耐えきれなくなった時にベントを開いて放射能を放出するというものであった。この考えに添って作られたのが、耐圧密閉の頑丈な建物――格納容器で、その中に本尊の原子炉を置いた。従って格納容器は、周辺住民を放射線被爆から守る「安全最後の砦」と考えられてきたのであった。ところが、福島原子力事故の経緯は、上記の考えと大きく違っていた。炉心溶融が起きると、水素ガスの大量発生によって格納容器圧力が急速に上昇するので、貯留時間を稼ぐ暇などなく、ベントの開放が急務となった。これは世界で初めての経験である。
この事実は、放射線安全についての思考に変化をもたらす。

学説2で述べたとおり、BWRベントの除染効果は1000倍ほどある。ベントを行った1、3号機の背景線量率は約20mSv/年であった。ベントができなかった2号機は、格納容器から放射能が漏れ出して、その背景線量率は1500mSv/年にも達した。単純に数値を見ても、その差はざっと100倍、どちらが被爆を低減するかは計算するまでもなかろう。事故が起きた場合、ベントを開いて放射能を放出する方が、格納容器に放射能を蓄えるよりも、背景線量率(被曝や汚染)は桁違いに少ないのだ。格納容器を「安全最後の砦」とする従来の考え方は誤りで、積極的にベントを活用し被爆量を小さく抑えるべきではないだろうか。格納容器の役目が「安全最後の砦」でなくなれば、あの高価な、円筒形の大きな高圧密閉建物を作る必要は全くない。密閉であれば普通の建物で十分だ。円筒形の密閉建屋が不要となれば、発電所の配置設計は楽になる。将来の発電所は、原子炉、タービン建屋、補機建屋などの建屋配置が総体的に合理化され、自然災害対策に強く、テロ対策にも配慮した発電所になると考える。

【結論】旧学説の欠陥を認識し、新たな原子力安全を確立すべき時
改めてこの稿をまとめよう。第一に炉心溶融・水素爆発は阻止しうる、第二にベントの活用で線量率を避難勧告値以下に押さえうる、第三に事故時の被爆はベントで安全確保されるため、将来の原子力発電所は格納容器を必要としなくなる―――である。最初の2つは福島事故が教える新事実であり、3つ目は新事実が示唆する原子力の将来展望である。安全の考え方が進歩すれば、発電所の設計が変わるのは当然であろう。だが、このような新しい学説が、即座に世間に受け入れられることはない。その最大の理由は、原子力関係者のほぼ全てが、「炉心溶融は崩壊熱によって起きる」という、従来からの学説を信じているからにほかならない。しかし従来の学説は、事故以来7年半も経つのに、3基もの炉心溶融・水素爆発が起きた福島事故全体を、合理的に説明できていない。学説のどこかに欠陥があるからだ。

その欠陥とは、崩壊熱の早急な減少と化学反応の激しい大量発熱の事実を見逃した点だ。福島事故で最も早く炉心が溶融した1号機の時刻は、停止後丸1日経った後である。その時点での崩壊熱の大きさは、1%以下の小さな発熱に下がっている。炉心を融かす力などない。旧学説の失敗は、化学反応の発熱の激しさを失念して、高温の炉心に冷水を注いで炉心を溶融させた。新学説は燃料棒を徐冷する事で化学反応を防止でき、炉心溶融が起きないことを明確にした。同じ軽水炉でも、正しく使えば安全性は向上する。新学説を伝えて、軽水炉の安全啓蒙に務めるべきだろう。

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康
Facebook Twitter