日本エネルギー会議

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何故、最悪を考えないのか

西日本の豪雨、北海道の地震と自然災害が全国で頻発している。最悪の事態に至る原因は自然災害だけでなく、人災という場合もある。また、自然災害を起点にさらなる被害を出してしまうのも人災の一部だ。東日本大震災の場合、津波によって原発が過酷事故を起こし最悪の事態になってしまったが、最悪の事態を考えていなかったことが、事故を発生させ大きな損害をもたらしたことは間違いない。

最悪の事態とはどのようなものを指すのかを考えると、福島第一原発の事故では福島県民など多くの避難者を出したが、もし4号機のプールにあった大量の使用済み燃料が溶融していたら、東京を含む関東、東北が全て避難の対象となり、国自体の存続が危ぶまれる事態になっていただろうと言われている。御巣鷹山の日航機墜落で500人が犠牲になったのも国内の航空機事故では最悪だとされている。災害の場合、死傷者の数や被害の及んだ範囲、損害額、またその影響の長さなど数値によって最悪と称される場合が多いようだ。

災害が起きてみると、「何故、人々は最悪の事態を考えておかなかったか」という疑問を発することが多い。福島第一原発の事故発生直後に当時の原子力委員会の近藤委員長は菅総理の要請により最悪の結果を予測出来た。では彼は何故それを事故前に考えなかったのだろう。よく「最悪の事態を招いてしまった」と言うが、自然災害の厳しさを嘆くのではなく、最悪の結果を招いてしまった原因を徹底的に調べることこそ、再び最悪の事態を起きないようにするために必要なことだ。そこで、当事者たちが最悪事態を考えない場合にはどのようなものがあるかについて考えてみよう。

(知識、経験の不足な場合)
まず、過去の事例を知らなかったことが挙げられる。国内だけでなく世界で過去に同様の事態になった例を知っているか知っていないかは大きなポイントである。まだ、文字が存在せず記録が残っていない時代や地方での災害は、時に現代人が知らない場合がある。これは個人的にも差があることで、女川原発を建設したときの東北電力の副社長は若い時に大きな津波を経験していたために、津波に対する備えを設計段階で強く求め、東日本大震災でも女川原発は事なきを得た。直接経験していなくても、歴史を学ぶ姿勢は大切であり、また古い記録や痕跡を探す努力も大切である。そのような努力がなければ最悪の事態は脳裏に浮かばない。また、想像力も大切で、慎重さにかけていたり、当面の利益優先であったりすれば想像力は働かない。「災害は忘れた頃にやってくる」と一般的に言われているが、貴重な経験を世代を超え伝えていかなければならないのだ。起きたとしても最悪までは行かないだろうと考えるのも無知と言わねばならない。

(思考停止になる場合)
最悪の事態がわかれば対策をし、準備をなくてはならないのは当然のことだ。ところが、業務多忙、経済的余裕がないなどの状況であると、最悪の事態は考えないようにする力が働き始める。自分たちに仕事として返ってくるのでやりたくないという気持ちがあると思考停止になる。特に解決策、対策が極めて困難。ハードルが高いと、やる気になれない。いつも心配しなくてはならなくなるのも困ると考えてしまい、思考がその先に行かなくなる。対策にキリがなくなることや起きれば手の打ち様がないことがわかったりすると、この場合も思考停止になる。考えたくないという心理は最悪の自体がどれほど酷いものかが想像出来るようになるとさらに強まり、考えない理由を探し始め、確信犯的に最悪の事態を考えない、あるいは隠しておけないかと考え始める。こうしたビヘイビアーは個人だけでなく、組織としても起こり得る。

(入念な思考の後に考えないことにする場合)
あらかじめ予測が出来たにもかかわらず手を打たずに、その最悪の事態が起きたときは責任を追求されことになる。そこで起きた後でどうだったかを問われると考えもしなかったということにする。最悪の事態に言及することは敵対する者や反対派を有利にする。すなわち敵に塩を送ることになる。日頃からの賛同してくれる者、支援者も「そんなにリスクがあるのなら」と支援してくれなくなることも隠す理由である。対策をどこまでやるかについての議論は面倒なので適度なところまで対策をして、最悪になったら覚悟すると腹を決めてしまいがちだ。

分かっていても何もしなかった理由の一つに住民や利用者に不安を与えてしまうということがある。いままで安全だと言っていたことが嘘になってしまう。いまさら言い出せない。言った途端に大騒ぎになることは火を見るより明らか。それは組織としてタブーになっているなど背景はさまざまある。そうなると、今度は真実を知られないように、悟られないようにするのである。次に、最悪の事態を考えないことにした場合、どのようにして自分を納得させるのだろうか。まず、自分が担当している間は起きる確率が小さいと考える。いつ起きるかわからないが、多分すぐには起きないだろうと非科学的発想になる。そのような確率の低いことなら、もっとやることがあると考える。おそらく東京電力幹部の何人かはそのように考えたと私は推測する。こうした場合に、もっと望ましくない態度は、何もやらないで先送りすることだ。内で心配する連中は力づくで黙らせる。これを国・東京電力がやったのではないか。それこそ最悪である。出来る対策さえもやらないのだから、実際に起きた場合は酷いことになる。せめて最悪の事態を隠したまま、こっそりと出来る範囲で対策を行ってくれていれば結果は違ったと思うのだ。

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