日本エネルギー会議

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廃炉資料館の印象

昨年11月30日に開館した東京電力の廃炉資料館を見学した。資料館は現在のJR常磐線終点である富岡駅から徒歩15分、富岡町の中心地で、事故後に出来た大型スーパーのすぐ脇にある。以前はエネルギー館として福島原発のPRに使われていた二階建ての施設を改修したものだ。年末年始と第3日曜以外は開館しており、誰でも予約なしに見学可能だ。駐車場も広く、案内の係員は7名で、1日にフリーの客が30人程度。団体が来ると100人程度になるとのこと。福島第一原発の現場見学会の出発拠点にもなっているので、現場見学の前にここを見ることになる。

入口正面の黒いボードには福島県や社会に対するお詫びに続いて、「当社は事前の備えによって防ぐべき事故を防ぐことができませんでした」、「事故の記憶と記録を残し、広く社内外で共有することは、当社に課せられた重要な使命です」、「また、長期にわたる廃炉事業の全容や進捗を丁寧にお伝えすることは、地域社会の皆さまの安心にとって不可欠であると考えます」とある。

見学コースは2階の「事故の記憶と記録・反省と教訓」から始まる。シアターホールでは短い映画が上映され、ナレーションが 「わたしたちが思いこんでいた安全とは、東京電力のおごりと過信にすぎなかったとまざまざと思い知らされました」と語る。スクリーンだけでなく客席前の床面にも映像が映され、津波や避難地図に臨場感がある。事故時の中央制御室の光景は福島第二の中央制御室で社員を使って再現して撮影した。スクラムしたあと、全部のパネルが一斉に点滅しているが、警報音はカットされ緊迫感はそれほどではない。

反省と教訓のコーナーでは自然災害を甘くみたこと、警告に対して対策を先送りしたこと、テロ対策をやっていれば電源確保出来て対応が違ったことなどと表示している。反省はしているが なぜ社内がそのような体質になったかまでの言及はなかった。また、監督官庁側の不備や対応の混乱については触れていない。入口のメッセージを始め、自己反省は随所で明確に表現しているが、現在、東京電力の元幹部の裁判ではそうではない。一般の人たちは「では、だれがそのように決めたのか」「東京電力社内の意思決定はどのようになっていたのか」と疑問を持つだろう。

資料館というが、事故を報じる新聞以外の文書記録や当時使っていた設備などはない。事故報告書は東京電力の事故調査報告書のみで、政府事故調、国会事故調などの報告書は置いてない。パンフレットもごくシンプルだ。展示内容も事故のことが半分、廃炉のことが半分で廃炉資料館というネーミングが合っていない。英語表記もTEPCO Decommissioning Archive Center だ。

2階から1階に階段を降りると廃炉作業について多くの説明パネルや探索用ロボットが展示され、豊富な映像で廃炉現場にいるかのような体験が出来るようになっている。係員が説明するといったものではなく、遊園地で園内一周のモノレールに乗ったようなもので、ボタンを押せばナレーションや映像が流れるだけである。すべてが新しく、綺麗で機械的で展示技術のデモンストレーションのようである。破壊され無秩序になった事故現場の状況、汚さ、怖さ、絶望などは感じることは出来ない。また、廃炉現場の交錯し、忙しく立ち働く様子、先の見えない状況なども表現されていない。ここに東京電力の社風が色濃く感じられたような気がした。

最初に見る2階の「事故の記憶と記録」が通路のスポットライトのみで暗い雰囲気なのに、階段で1階に降りて「廃炉現場の姿」に移ると、とたんに照明が明るくなる。長野の善光寺にある本尊の真下の真っ暗な通路を進んだあとに表に出ると陽の光が眩しく感じてほっとし、現世に生きるありがたさを悟らせる仕掛けに似ていると思ったが、廃炉資料館の設計者にそうした意図があったかどうかはわからない。


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