日本エネルギー会議

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海辺で暮らす

都会の喧騒を離れて老後を暮らすには山も良いが海の方が良いと考え、太平洋に面した福島県浜通りの富岡町に家を建てたのは今から18年前のことだ。歩いて10分で海が見える高台。庭の植木には塩害の心配が多少あったが夏は太陽が照りつけても浜風が吹いて涼しい。居間にいて南北の窓を開けておけば海水浴に行って葦簾の茶屋で休憩しているような涼しい風が入ってきた。ストーブは買ったがエアコンは設置しなかった。冬も海岸近くでは晴天続きで雪はほとんど降らなかった。福島原発に転勤してきた東京電力の人たちは浜通りを「東北の湘南」などと言っていた。 

東日本大震災当日、富岡町の海岸には高さ15メートルの津波が押し寄せた。私の家は海抜30メートルの高台にあったが、役場で指揮を執っていた町長の家は河口にあったため流された。翌朝早く、富岡川の河口を見渡せる場所から見えたのは、まるで空襲に遭ったかのような町の姿だった。人の造った防潮堤などは所詮絶対的なものではない。いろいろ考えてさらに高い堤を造ったとしてもその高さで収まるという保証はないのだ。

海辺で暮らすにはそれなりの覚悟を持つこと、万が一に備えること、いつでも逃げられるようにすることであり、それでも被害が出ればそれなりに受け止めることが必要なことだ。原子力の関係者にも自然災害に対するこの感覚が必要だ。

これだけ莫大な費用と時間をかけて追加工事やったのだから相当に安全性は高まったことは事実だが、そのことですっかり安心してはいけない。もっと破壊力の大きな自然災害が来るかもしれないし、複合的なものになるかもしれないのだ。追加工事はオールマイティではありえず、逆に的外れである可能性もある。現時点で経済的に技術的に出来る限りのことをしたまでだ。訓練についても同じだ。1発電所あたり年間千回を超す各種の訓練が行われているが、訓練慣れしてはいけない。変な自信を持たないことだ。

だからと言って追加工事や訓練をやってもしかたがないということではない。リスクを少しでも下げる努力はするべきだ。本文の趣旨は、間違つても人が完全に大自然を征服したり、災害を克服出来るとは思わないこと。マグニチュード9、震度6強に襲われ、いつまでも止まらない大きな揺れに、私は思わずこの世の終わりを観念したが、その経験が追加工事や繰り返し訓練を絶対視してはいけないと言わせている。

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