日本エネルギー会議

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先鋭化する温暖化懸念(2)

今日、温暖化対策ほど優先的な課題はない。何故なら地球上のすべての人とこれから生まれてくる子供たちの生存条件が脅かされているからだ。さらに言えば、人だけでなくすべての生物の存続が脅かされている。課題としてはさらなる温暖化を食い止めることと、生き残るための適応・避難であるが、前者が出来なければ、結局後者も絶滅までの時間稼ぎにしかならない。

これがどれほど重大なことであるかを認識すると、他のいかなる課題も小さく見える。北朝鮮の核、米中の貿易摩擦や米イランの対立激化なども確かに重要な問題ではあるが、それでも温暖化に比べると小さいと言わなくてはならない。
政治家は口を開けば、自分たちの役割は国民の生命と財産を守ることだと言う。温暖化による異常気象は世界中で猛威を奮っている。温暖化はまさに生命と財産を脅かしているのではないのか。それでも政治は温暖化対策を真っ先に取り上げはしないのは何故か。政党の選挙公約を見ても温暖化防止を第一に掲げるものはいないし、公約にする候補者もまれだ。緑の党は異端とされている。

最強国アメリカではパリ協定からアメリカを離脱させたトランプが大統領として一定の支持を得て二期目を目指している。中国はアメリカに代わり覇権を狙って拡張を続けている。インドや東アジア諸国は先進国の仲間入りに忙しい。日本は存在感を失いつつアメリカ追従を続けており、環境問題で世界をリードする覇気は感じられない。同じく下り坂のヨーロッパはEUの結束に緩みが生じているものの、極論を唱える緑の党が久しぶりに躍進し、若者が温暖化でデモをするなど何か変化を感じる。ヨーロッパ市民は温暖化懸念の先頭を走っているようだ。

近代の俳人、渡辺白泉は「戦争が廊下の奥に立つてゐた」と戦争がいつのまにか現実となったことを詠んだが、温暖化は既に姿を現わして荒々しい本性を見せつけている。ただ、温暖化はグラフ上でジグザクを繰り返しながら上昇トレンドを駆け上っている。昨年は暑かったが今年は落ち着いていてむしろ冷夏となり、次の年には一気に猛暑に見舞われるというようにして人々を騙す。

自らの日常を振り返ってみると、メディアを通して話題を追い続け、年金のマクロ経済スライド、高齢ドライバーの事故、中高年のひきこもり、福島第一原発の廃炉などに気を取られている。温暖化の危機を前にしながら、人類の生存とは次元の違うさまざまな問題に時間を使い過ぎていると我ながら思わざるを得ない。

15歳の少女のストや若者のデモを跳ね上がり、扇動と見るむきもあるようだが、私は多くの人々の感度が鈍いだけと考える。それにしてもメディアの編集者のなんとおっとりしていることか。温暖化はたまに取り上げればよいテーマだと思っているようだ。温暖化抑制は人類最終戦争であるとの認識をもっと世界中に広げる必要がある。戦争であれば総力を挙げて戦わねばならないのであり、途中で退却はない。そこまで思いつめるのは逆上せすぎなのだろうか。
見たくないものは見ない、考えたくないものは考えない、危機が近いとしてもまだしばらくは大丈夫と考えるがその根拠はない。先送りすることで自分は苦労しないようにする。何か行動をすればそれは危険を認めたことになるから行動はしないことにする。このような態度が何をもたらすか、既に我々日本人は学んだはずである。
(つづく)

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