日本エネルギー会議

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消えかかっている原子の火

人々の原発に対する漠とした不安を取り除くために原子力の関係者は長年努力をしてきた。原子炉は分厚いコンクリートの壁に囲まれ、テロ対策のためにますます人々の目から遠のいている。放射線は五感で捉えられず不気味である。運転中の原子炉建屋内は静かで、壁の向こうに原子炉があり原子核反応が起きていると言われてもまったく実感は沸かない。実際に目に見えないものに対し人々が不安を抱くことはしかたがないものだ。
それを払拭出来るのは目に見えることしかない。原発に行けば内部は整然としており塵一つなく、職員の服装は清潔で行動はキビキビとしている。資料はカラフルで説明はわかりやすく誠意が感じられる。質問にも丁寧に答えてくれる。そして何よりも信頼感を高めてくれるのが、安全で順調な運転実績だ。

そうした努力がある一方、我が国の原子力開発の歴史では、信頼を失う事故や不祥事が次々に起きた。信頼は一夜で失われそれを元に戻すのには多くの時間がかかっている。ひとつの事故や不祥事はたちまち他の開発にも影響するのが原子力である。燃料加工工場での大量被ばく、臨界事故、水蒸気噴出による死亡事故。重要なポンプが故障したまま運転、データ改ざん、事故の隠蔽など幾度も繰り返された不祥事、福島第一原発の事故。そして今回の関西電力の問題だ。この影響は大きく、原発の長所である経済性を脅かし、低迷する業界に学生が来なくなり人材育成に支障が出ている。関係者が口を揃えて「原子力にとって何よりも大切なのは信頼だ」と言う割には何故このように何年か経つと再び信頼を失うことが起きてしまうのか。

こうなってしまった理由は明らかだ。事故、トラブルの原因究明が徹底されず、対策がいいかげんであったからである。なかでも技術的な面より組織的、文化的な面での解明が不十分であったといえる。原子力開発はゆるぎなき政府の方針であり、どうしても必要なものだ、どうなっても潰れはしない、少しは開発が停滞するが止むことはないという、誤った考え、妙な自信が、いつも原発事故や不祥事の原因究明や対策を甘いもので終わらせている。

昔、日本原電の東海発電所の入口には「無事故で灯そう原子の火」という標語が書かれた看板が建っていた。このままでは日本の原子の火は消えてしまう、自分たちの職場はなくなってしまうという危機感がいま必要である。

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