日本エネルギー会議

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原発事故の影響(4)

福島県の人々が事故後、東京電力に対して抱いている気持ちを一言で表すならば「裏切られた」である。これは事故後の「過酷事故を回避した第二原発も廃炉」の執拗な要求に表れている。これだけの被害を被って県内で再び原発が運転をすることは全国の人たちから「福島県民はどこまでお人好しなのか、あるいは金のためならなんでもするのか」と蔑まれてはならぬという気持ちが見て取れる。会津藩から受け継いだ「ならぬものはならぬ精神」が影響しているのかもしれない。他の地域の原発の再稼働のニュースを聞くと「経験しないからわからないのだ」と言う人が多い。

事故前、福島県の人々は原発に対して40年来の関係もあり、どちらかといえば激しい反対はなかった。特に原発周辺の自治体では反対の首長も議会もなく、国や東京電力からどのようにさまざまなメリットを引き出すかの知恵比べをしていた。議員や自治体幹部の子弟で東京電力やその関係会社に就職していた者も少なからずいた。裕福な財政であったことは、どの自治体も立派な庁舎を建てその床面積は県内の市町村の庁舎の平均値の数倍もあったことでわかる。 

地元にもごく少数の原発反対派住民がいたが、その立て看板は朽ち果て、双葉町には「原子力明るい未来のエネルギー」の横看板が道路をまたいで取り付けられていた。全国の原発立地自治体でも、ここまでやったところはないだろう。 
安全神話はさまざまなメリットともに隅々まで浸透していた。それだけに事故で避難したショックも大きかったのだ。

原発から遠く離れた中通り方面や会津方面でさえ、きのこや山菜は出荷制限がかけられており、川内村では特産の天然のイワナが獲れても検査するとアウトになる。県の面積の71%を占める山林は国の方針で除染の対象から外されている。県内では山間部の住民はもとより、都市に住む住民もシーズンになれば山菜採りに出かけるのが楽しみでもあった。里山の自然の恵みとともに生活してきた人々の怨みは大きい。

福島の人々が原発事故の原因について関心が高いのは当然であり、また地元メディア(新聞は地元2紙が大きなシェアを持っている)も、原発事故の状況などを詳しく報道している。その結果、東日本大震災で東北電力の女川原発や日本原電の東海第二原発が事前の備えをしていたため、過酷事故を起こさずに済んだこと、それに対して東京電力が津波対策を先送りしていたことなどが人々のあいだで広く知られており、「東京電力はやるべきことをやらなかった」と思っている人が多い。

東京電力の社員は事故後に人々と直接会話を交わす場合、最初に「大変ご迷惑をおかけしており、誠に申し訳けございません」と述べることをマニュアル化している。これは道義的な意味でやっているのかもしれないが、人々は東京電力は自らの非を認めていると捉えている。

福島の人々が最も憂慮しているのが避難によって起きた県内での人々の移動と分断だ。県内各地は避難者にとって見知らぬ土地ではなく、もともと年に何回かは行き来していたところでもある。親戚、友人、同僚、先輩後輩、取引先もいる。したがって福島県民であるとの意識は強い。

だが、避難者が避難した先、あるいは移住した先では、あまり歓迎されず、次々といやがらせ、無視、口をきかないなど冷たい仕打ちを受けた。精神的苦痛に対する賠償の額の違い(最大一人あたり1450万円、最小4万円)、賠償金で造った新築の豪邸や購入した新車を見るにつけ、嫉妬心が起きてしまう。避難者同士も道路一本の違いでの賠償金の差に納得がいかない。移住先で商売を再開した人たちは、元から商売をしていた人から見れば思いがけない競争相手だ。避難して再開した人も顧客開拓はゼロからスタートだ。

もともと不足していた医療機関や介護施設には避難者も来るようになり、混雑は一層ひどくなる。しかも避難者は健康保険税が免除され、自己負担もないことが徐々に伝わった。浜通り地域の自治体の復興のために投じられる予算の大きさや使われ方も気になる。福島第一原発の事故さえなければ避難者も発生せず賠償も免除もなく、こんな諍いは起きなかった。

福島の人々からすれば「原発事故さえなければ県民同士でこんな諍いは起きなかった。東京電力は福島県民に対してとんでもないことをしてくれた」ということになる。

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