日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

新型コロナウィルス感染と原発事故

世の中を震撼させた二つの問題を比較してみると、違う分野ではあるが共通点も多い。特に危機対応や社会との関係性については互いに参考になることがある。
パンデミックも原発の過酷事故も起きたら大変なことだという認識はあったが、ほとんどの人が根拠もなく「まだ起きない」と思っていたら突然起きてしまった。わかったことは起きる可能性がある場合は必ず起きるということだ。

原発事故は大津波によって電源喪失し炉心溶融で過酷事故になった。自然災害の大きさは我々の想像を軽く超えてしまう。ウィルスも自然の底知れぬ脅威のひとつだ。こうした問題が発生すると人類は自然を征服出来たなどと決して自惚れることは許されないことを知る。

事前の準備が出来ていないため発生し対応が後手にまわり、収束が難航したたことも共通している。経験者が少なく、相手がどんなものなのかがわからない、どのような対応をすればよいのかも手探りで始まる。過去に同様の事例があったが、他山の石とはしておらず特に日本では対応のためのハードもソフトもまともではなかった。

汚染拡大をどのように防ぐかも共通な点だ。目に見えない、音がしない、臭わないのはウィルスと放射能汚染物質の共通した特徴で、測定をしなければ汚染しているかどうかはわからない。福島第一原発の事故では、原発の敷地外の測定体制が不備だった。100億円もかけた国のSPEEDIという放射能拡散予測システムは使えなかった。(使えるのに使わなかったという説もある)新型コロナウイルスのためのPCR検査は測定機器や体制がまったく不足している。

測定器だけでなく、防護マスク、防護服、医薬品なども不足。福島第一原発の事故当時、住民は避難所を求めてあちこち放浪したが、新型コロナウィルス感染者も病床や隔離施設が絶対的に不足している。日本の人口当たりの緊急医療体制は、あの医療崩壊の惨状を晒しているイタリアの二分の一だというからぞっとする。こうした場合、社会的弱者が犠牲になることも同じだ。対応にあたって、情報共有や国際協力が必要なことも共通している。

強制的な避難指示や隔離、社会活動の制限なども行われ、法律の不備も明らかになる。パニックになると買い占め、買いだめが始まり、被害者や事故対応する人たちに対する偏見や差別が起きる。いつ収束するか見通せないことが人々の不安を煽り、政治家の決断を鈍らせる。

原発の過酷事故やその後の大きな自然災害を経験していながら、オリンピックの招致活動に没頭し、さまざまな国家的危機への準備を怠ってきたのは誰の責任だろうか。

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康
Facebook Twitter