日本エネルギー会議

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経済的余裕がもたらしたもの

電力会社は戦後、自由化までの数十年間、地域独占の利権を与えられ一定の利益を保証されてきた。このため原発の安全のための投資は市場原理で行う場合と比較して予算的な制約もそれほどなかった。ある電力会社の役員は「メーカーが勧める早め早めの取り替え提案に乗ってばかりはいられない」と言って警戒していた。新たな装置を取り付けたがすぐに問題が判明し、次の年からはその装置は使われることはなかったという例もあったようだ。

出力100万キロワットの原発の場合、一日発電をするのと、止めるのでは収支が億単位で違ってくるのでトラブル防止の費用は安く感じる。だが、何ヶ月間も停止させる必要がある大掛かりな安全対策は手を出したくなくなるのは当然だ。さらなる安全対策が技術的に困難であったり安全対策の先送りをする場合は地元の不安を抑えるため地元対策費、広告費、政治活動費、寄付金なども使われた。

電力会社の場合、安全に対する投資が潤沢だっただけに、いったん財政的に苦しくなると急激に切り捨てがはじまる。どのように合理化するかのノウハウが不足しており、定常的な維持管理費が長年の間に積み上がってしまって固定費化していたため、新たな安全対策はそのあおりを受けてほとんど出来なくなるということになった。こうした状況は安全確保に対してマイナスの影響を及ぼしたと言わざるを得ない。

電力会社の経済力は社員の処遇にも影響した。一流大学、高校からの年次採用、終身雇用、年功序列、定年後の就職斡旋、手厚い福利厚生など典型的な日本式雇用が長いあいだ行われていた。会社にとって労働組合も経営のパートナーであり、敵対するものではなかった。社員が生活の心配をせずに業務を行えることは原発の安全に大きく貢献している。しかし、年功序列、高く安定した賃金、定年後の雇用などの既得権の元になっている体制や仕組みを守ろうとするならば、敢えて内部から危険性を告発するべきであったがそうはならなかった。そうした告発は仲間からは理解されないものであったため、多くの電力会社社員はその場の空気を読み、危険が存在するとの発言をタブーとした。こうした状況は結果的に原発の安全性向上の足を引っ張ったと考えられる。

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