日本エネルギー会議

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総合的判断の落とし穴

政府のコロナウイルス対策が混乱している。防疫のためには人の動きを全面的にストップすることが必要だが、それでは経済が止まり企業倒産、解雇などで命を落とす人が出る可能性が高い。そこで人の行動規制を緩めるとまたコロナウイルスが蔓延しはじめる。難しい舵取りを迫られる場面であるが、どちらかといえば緩めるのは後で、まず感染拡大を防ぎ、さらに外国などから再び感染者が入ってこないようにする。中途半端なことをしていてはいつまでも埒があかず感染による人的被害とともに経済的損失を拡大してしまう。

対策はしばしば手ぬるいものになり、徹底を欠くことでいつまでも感染が続いてしまう。自然現象や科学的事実(これも自然のひとつであるが)は総合判断を受付けない冷酷なものだ。一番キーになることで全体が決まってしまう。
ところが人間はあれこれ考慮し、特に政治はあちこち配慮をしながら総合判断しようとする。いままでも総合判断をやったために手痛い想いをした例は事欠かない。福島第一原発の事故がそうだ。東京電力首脳の判断は大地震と大津波の発生確率、地元やプルサーマル実施容認、不祥事や新潟沖地震による柏崎刈羽原発の停止で悪化した収支のことなどを総合判断に基づくものだった。ところが大地震大津波という自然現象は東京電力の都合などまったく関係なく2011年3月11日午前10時46分に起きた。歪が最大になったので耐え切れず地層がずれて大地震が起き、プレート同士の力関係、海底の状況も影響して大津波が福島第一原発を直撃した。総合判断は役にたたないどころか仇になった。

戦艦大和の沖縄出撃は国民の血税である大和を戦闘で一回も使わずに終戦を迎えたら協力してくれた国民に申し訳が立たないという意見が通って、作戦が決められ実行された。そんなことはアメリカ軍に取ってどうでもよいことであり、巨大戦艦は空からの爆撃と海からの魚雷であっという間に撃沈された。

文豪夏目漱石の「知に働けば角が立つ。情に棹させば流される」は誰でも知っている。日本の組織、それは政府でも軍でも経済団体であっても科学や合理性より情に棹さす傾向がある。福島第一原発の事故後の報道ぶりを見るとメディアも読者の情を意識している例がたくさんある。この傾向は欧米にもあるが日本では特に強いようだ。

組織内ではトップも構成員もみな、人々の気持ちを第一に考え、先輩を立て、 慣行を尊重する。自分たちが「人でなし」と非難されないようにしたいと考える。最近はその総合判断も自分に都合のよいもの、自分を守ってくれ支援してくれる人にとって利益になるものになりつつある。組織のトップが総合判断に明け暮れていると自然現象や科学的合理性に一撃されて大敗北するものだ。コロナウィルスは非情なものだと思い知る時が必ず来る。 

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