日本エネルギー会議

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最悪の事態とは何か

パンデミック、大きな自然災害、原発の過酷事故が同時に起きる。これは考えられる最悪の事態のひとつだ。東日本大震災・福島第一原発事故の際はこのうち二つの事象が重なったが、私が避難した郡山市の展示施設「ビックパレットふくしま」ではノロウィルスが流行っていた。いま思えばノロウイルスでなくコロナウイルスだったら誰もが途方に暮れただろう。

原発の過酷事故はどこまでの被害を考えておかなくてはならないか。福島第一原発の事故の際に、管首相は原子力委員会の近藤委員長に最悪の事態のシミュレーションについて尋ねていた。報告されたのは東日本が壊滅的被害を被るというものだった。驚いた首相はヘリコプターで現地に飛んだ。

最悪の事態というものは言うなれば手がつけられない状況で運を天に任せるしかないところに追い込まれた場合だ。アメリカが恐れていた福島第一原発4号機の使用済み燃料プールから水がなくなるケースが偶然にもなかったことについて、後に管首相は「日本という国は神様に守られていると思った」と述べている。

大地震や津波、火山の噴火、ウイルス、毒物、隕石、偶発的な戦争など通常の準備ではとても対応出来ない事柄はたくさんあり、いちいちそれを考えていたら限りなく対策が膨らむ。ましてやそのうちのいくつかが重なってしまえば手の打ちようもなくなる。人の筋力は弱く、動力や通信などを失えば出来ることはごく限られてしまう。

最悪の事態についてあれこれ考えている時、書棚にあった古賀茂明著「日本中枢の崩壊」(講談社)に目が行った。霞ヶ関の官僚たちの没落について書かれたものだが、私はそのタイトルに注目した。最悪の事態はいろいろ考えられるが、事故対応の中枢が崩壊してしまうことが最悪中の最悪ではないか。福島第一原発の事故の際に、当初は東京電力と官邸は互いに腹を探り合いながら情報共有もされていなかった。東京電力の本部は現場の吉田所長に「あれこれ邪魔をしないで欲しい」と思われていた。首相がヘリコプターで現地に来たことも迷惑だったようだ。振り返れば東京電力と官邸が一体となって指示を出すようになるまでは、本当の意味で最悪の事態であった。

事故後に原子力規制委員会と原子力規制庁が出来、規制基準も改められ、それによって安全対策も充実してきたはずだが、事故から10年たったいまも「中枢の崩壊」が起きないような努力は続けられているのだろうか。

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