日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

福島第一原発の事故とは何だったのか(2)

東日本大震災・福島第一原発の事故から10年が経過しようとしている。今回は日本の国としてあの原発事故は何だったのかについて考えてみた。我が国で初めての過酷事故であった福島第一原発の事故。ほとんどの関係者が日本では起こらないと思っていた事故が日本で起きた場合どうなるかの実例が福島第一原発の事故である。

事故から10年経過しても、「事故原因や背景が十分に解明されない事故」「廃炉、処理水を含め廃棄物処分、避難指示解除や賠償終了の目処がつかない事故」「風評被害が収まらない事故」「死傷者はすくなかったが、いまだに関連死が出ている事故」「事故を起こした企業を潰すことが出来ないほど、その被害が大きかった事故」「国や東京電力首脳陣の責任を問い、賠償の上積みを求める裁判が続いていている事故」「国や電力会社など原発を推進する側への国民の信頼を地に落とした事故」が福島第一原発の事故である。

福島第一原発の事故は、より多くの安全対策費が必要になり建設費の増加という形で海外の原子力開発に対しても影響を与えたが、なによりも我が国の原子力政策、安全規制、行政機構、エネルギー産業、国民生活などに多大な影響を与えた。裏を返せば、それまでの政策、規制、機構、民間企業や学会の取り組み、地元などの姿勢に多くの欠陥があり、そのことが集約されて起きた事故であった。旧ソ連のゴルバチョフ大統領がチェルノブイリ原発事故後に「チェルノブイリの事故はソ連の社会的問題を浮かび上がらせた」と語った。社会体制こそ違うものの、福島第一原発の事故後もその通りであった。

あってはならない事故が起きてしまった衝撃は大きく、反省から多くの改革が行われ、原発だけでなくすべての原子力施設について安全性の向上が図られた。いままでのどの事故よりも敢えて厳しい措置が取られ、政府が我が国の原発は世界で最高水準の安全と言い続けるようになった。

その結果は、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」「角を矯めて牛を殺す」の喩えがあるように、10年間でわずか9基の原発再稼働であり、建設中も含めて多くの原発が今まで止まったままになっている。さらに憂慮すべきは、事故発生から政府や東京電力が示した安全基準や防護基準とその運用、約束事の多くが必要以上に厳しいものとなったことであり、今後の原子力開発の大きな足枷となることである。そのために本当に必要なところに予算がつかなくなる恐れさえある。これらの原因をつくったのはすべて福島第一原発の事故である。

福島第一原発の事故の収束、廃炉、除染、賠償などにかかった膨大な費用はすべて税金と電力料金で賄われるスキームが造られ国民が負担することになった。厳しくなった規制のために全国の原発で必要となった追加工事費も電力料金に含めて消費者から回収される。国にも電力会社にも都合がよい国策民営が、やるべきだった課題の先送りに関する責任をあいまいにし、原発による電力の恩恵を受けてきたという理屈で巨額の費用負担を国民に押し付けることになったのが福島第一原発の事故である。

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康
Facebook Twitter