日本エネルギー会議

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戦艦大和ノ最後

重厚長大のシンボルとも言える戦艦大和。太平洋戦争末期に沖縄に向けて出撃し、沖縄に到着後は世界最大の主砲などを活かして戦う計画だったが、途中で航空機によりあえなく撃沈され巨大戦艦そのものと多くの人材を失った。当時、沖縄近海の制空権はアメリカに奪われており、こうなることは解っていた。その後のことを考えれば国として損害を最小限に止め、鉄の塊と若く優秀な人材を戦後復興のために温存するべきだった。

何故、無謀な出撃をしたか。海軍上層部は不沈戦艦と豪語していた大和を建造するために血税を払った国民が、大和が戦わずして終戦になることを納得しないことを恐れたと言われている。しかし、軍内部で沖縄出撃作戦に反対意見を言うことは誰にも出来なかった。おそらく海軍大臣でも出来なかったろう。それほど内部の空気は厳しいものがあったはずだ。

大いに議論しての結論だったらしかたがないが、議論もせずに結論ありきではなんのための組織、会議かわからない。そうなってしまった原因としては、保身、メンツ、師弟・主従関係、年次・派閥・学閥による選抜、組織防衛、言論自由の価値に無知、合理性より情の優先など多岐にわたりかつ複雑だ。こうした問題に気づかない、気づいても放置していたことも指導者としては大問題だ。  

同調圧力の強い日本社会は特に普段から注意して自由に意見が言える雰囲気作りを心がける必要がある。欧米にはギリシャの昔から歴史的に自由な議論をする素地があるようだ。もちろん中世には絶対君主がいたし、イタリアやドイツでも第二次大戦前は独裁政治が盛んだった。

面白い話がある。日本の業界からイタリアの業界に転職した車のデザイナーが、「彼らは仕事中、いまにも相手に掴みかからんばかりに議論をして自己主張をするが、昼休みになったとたん、議論の相手と連れ立って食事をしたり、談笑したりするので驚いた。日本ではそこまでやりあった相手とは感情的に仲良くすることは出来ない」と経験を語っている。イタリアのデザイン界では自由な議論が根付いているようだ。

まずトップから若い人たちに自由に発言させる、積極的に意見を聞く姿勢が必要だと言われているが、職場の伝統、雰囲気がそうでなくてはなかなか改善されない。欧米では学生時代に大いに議論させる習慣がついているようだが、日本の場合はそこから直していかなくてはならないようだ。

日本の原子力業界について考えてみると、電力会社やメーカーそして多層構造の請負各社に至るまで、さらには監督官庁や地元自治体まで点検する必要があるようだ。特に福島第一原発の事故以前は、もんじゅの事故や再処理工場のトラブル、プルサーマルの挫折で重苦しい雰囲気が感じられた。異を唱えれば、組織外に追い出されるか内部で幽閉される。下請けなら仕事を切られる。業界誌の記事はチェックされて編集者に圧力がかかる。中間層は会議の前に、トップの意向がどこにあるかを探るのが一番の仕事だった。

福島第一原発の事故以降、業界内部の雰囲気はどうなったか。再稼働を最大の目標にしている現在、考えたことを内部で自由に話せる雰囲気に変わっているのだろうか。ついでに言うならば、内部で異論を封じるのは何故かということをよく分析をして対策をとらねばこの問題は解決しない。

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