日本エネルギー会議

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報道によれば福島第一原発の事故で避難している人が東北電力女川原発の再稼働について聞かれ、「どう対策しても福島と同じことが起きる可能性がある。そうなった時の代償があまりにも大きすぎる」「福島第一原発の事故の前にも安全だと言っていた」「実際に避難を経験しないとわからないものだ」と答えている。

これに対して、再稼働を進める立場の人からは、「女川原発は東日本大震災の津波にも耐え事故は起きなかった」「福島第一原発事故以前から比べれば、新しい規制基準に基づいて改良工事をした原発が過酷事故を起こす可能性はゼロではないが、以前よりはるかに小さくなった」「これからも新たな知見がわかればそれを原発に反映することになっている」「避難にともなって入院患者が亡くなったことなど関連死もあったことは事実だが、今回の事故では避難した住民の被ばくは健康に問題が出るようなものではないことがわかっている」「原発がないことで電力供給に支障をきたしたり、温暖化対策が出来なくなれば、住民避難より大きな犠牲が出る」と説明をする。

再稼働推進側にすれば再稼働反対の人々は「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」であり、再稼働の必要性について冷静に合理的判断が出来なくなっているとしか思えない。ここは時間をかけて納得してもらうしかないと考えるだろう。一方、再稼働反対側にすれば「二度と事故を起こさせないためには再稼働させないという方法があるのに何故それを採用しないのか、原発を使わなくてもよいような努力をするべきなのだ」との主張がある。

福島原発事故後にこの問題を論ずる上で、新しい二つの変化があった。一つは今まで経験のなかった過酷事故が実際に起き、その被害について誰もが知るようになったということ。もう一つは地球温暖化が危機的な状況になりつつあり、その原因が人為的な二酸化炭素の排出によるものだという認識を世界中の多くの人々が持つようになったことである。この二つの変化を踏まえて、もう一度この問題を考えてみたい。

一つ目の変化である「実際に過酷事故を経験したこと」は、反対派側にとって従来の主張の根拠が出来たことになる。過酷事故はどの程度の被害になるか、いままではスリーマイル島やチェルノブイリ事故のケースしかなかったが、今回日本の軽水炉の事例が出来た。避難した人数、避難区域の面積、避難の期間、損害額、補償額、除染にかかる手間と費用と期間なども具体的に知ることになった。過酷事故が起きた場合どうなるかが想像ではなくなったのである。
過酷事故が起きることは普段考えなくてもよい程度だと推進派側が主張してきたことが一気に崩れてしまった。したがって規制基準の問題も含めて、推進側は今後どの程度の事故がどの程度の確率で起きるかを具体的に説明しなくてはならなくなった。これは難問である。さらに推進側への信頼性がガタ落ちになった。これをどのように信頼を取り戻すかという大きな課題が推進側にのしかかっている。

もうひとつの変化である温暖化は、場所をとらず大量で安価で安定的な発電方法という原発が、世界共通の課題となっている脱炭素に資することの出来ることが推進側の主張を力強く支えることになった。最近の再生可能エネルギーのコスト低下によって発電コストが安価だという原発の根拠が揺らいでいることをカバーした形となっている。しかし、このことは同時に推進側に「本当に温暖化しているのか」「温暖化の原因は二酸化炭素というのは本当なのか」という問題とともに、「本当に原発を使わないと温暖化は止められないのか」の説明を求められることになった。同時に、反対派には「どうやって原発なしで温暖化を止めるのか」の説明を迫ることになったのである。

もはや議論をするには理念を語るだけでなく、具体的な技術とその開発実績、開発見込み、発電コスト、二酸化炭素排出削減量などファクトを示し、かつゴールまでのタイムスケジュールをも示さなくてはならなくなった。

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