日本エネルギー会議

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時は流れる

福島第一原発に近い、富岡、大熊、双葉、浪江の四町はいずれも「インフラ整備が出来ないため、区域再編とは無関係に、町としては、少なくとも5年間は区域指定解除をせず、したがつて住民の帰還はない」と宣言した。
各町は帰還出来るまでの間、避難先である、いわき市、郡山市などに、いくつか「仮の町」をつくり、そこに集まって暮らしつつ、帰還を待つプランを作っている。「仮の町」とは、公営の集合住宅のようなイメージで、仮設住宅とは異なり、一般のアパートや長屋形式の戸建住宅のつくりになるようだ。住民からは、子供たちが既に避難先の学校を変わることのないよう、避難住民が多く住んでいる地域に作って欲しいとの要望が寄せられている。
大熊町は町民の住居の95パーセントが帰還困難区域(現在の線量が年間50ミリシーベルト以上)に入るため、帰還希望の住民は「仮の町」で長期間暮らすことになる。大熊町は「仮の町」を今から5年後に完成させたいとしている。住民は「仮の町」に入居後、10年以上は住むことになる。そうでなければしっかりした建物を作る意味がない。
時は流れ、原発事故から20年後に放射能も減衰し、除染も進んで、ようやく帰還する時点で、仮の町の住民がどのようなことになっているか、想像してみよう。原発事故の年に生まれた赤ん坊は、成人式を迎えている。残念なことに、あれほど帰還を望んでいた事故当時の高齢者は、ほとんどが仏壇の中に入って故郷に帰還する。(現在の町の人口の5分の1がそうなる)
帰還者の半数近くが年金生活者であり、二十歳以下の帰還者は原発事故を覚えていない。廃炉に携わっている者は帰還後は自宅から通勤出来るが、それ以外で働いている人は、既に仮の町の近くに職場を持っているはずだ。帰る家は一番新しいものでも築二十年、現在はかろうじて建っている木造住宅の相当数が朽ち果てている。補償されても土地の所有権は失わないから、前と同じ場所に家を再建することは可能だが、二十年前に支払われた賠償金は、その時に役立つのだろうか。仮設住宅は移転が簡単に出来るが、「仮の町」はそうはいかない。町は「仮の町」を残したまま、どうしても帰還したいという人のために、元の町にもう一つの公営住宅を建設しなくてはならなくなりそうだ。

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