日本エネルギー会議

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避難者はどこにいるか

 私が住んでいた富岡町の議会は本日、全体協議会を開催し、町が提案した区域再編案を了承した。それによれば、現在警戒区域となっている富岡町は、年明けに予定されている住民に対する説明会を経て、3月末を目処に三区域(帰還困難、居住制限、避難解除準備)に再編する。インフラの整備の終わる5年後(事故から6年後)に帰還するというものだ。このニュースを富岡町住民はどこで聞いたのだろうか。富岡町は一ヶ月ごとに住民の居所を調査して発表しているが、それによれば、人口15000人の住民は11月1日から一ヶ月間にも少しずつ居住場所を変えている。12月1日現在、住民は県内が11000人、県外が4500人と、避難当初は散り散りに逃げた住民の三分の二が、既に県内にいて故郷に帰る日を待っている。しかも、いわき市、
郡山市、福島市という県内の人口上位三位までの大都市に、それぞれ5400人、3100人、500人と合計9000人が集中している。これだけで県内避難者の80パーセントに当たる。それほど利便性を考えて大都市に集まったのだ。 
 続いては県外の状況を見ると、全国47都道府県すべてに富岡町からの避難者がいるが、そのほとんどが関東地方にいることがわかる。東京都800人、埼玉県と茨城県に各600人、千葉県と神奈川県に各400人、栃木県200人の合計3000人がいる。県外に避難した人たちの4500人の67パーセントが関東地方で暮らしている。東北地方の新潟県400人、宮城県は200人と少ない。
 富岡町の住民は、少なくともあと5年間の避難生活が続くのだが、その間、少しでも自宅のあった場所に近いところで過ごし、区域再編後に立ち入り制限が緩和された暁には、足繁く通って、家の修理や清掃をし、国の行う除染を見届けようとしていると考えられる。東京に避難した人に聞くと、近いといっても一時立ち入りで帰宅するには前日から来るなど大変な負担になるようだ。将来、富岡町に住むかどうかは別にして、少なくとも富岡町に家を所有していた人たちは、近くにいたいという気持ちになっている。

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