日本エネルギー会議

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終戦の御前会議

 終戦直前の昭和19年生まれの私は、終戦の御前会議など知るよしもないのだが、テレビでその様子を再現し俳優が演じたものを見たことがある。その中で印象に残っているのは、外相が降伏を主張したり、陸軍大臣が本土決戦を主張したりする前に、総理大臣が農林大臣に食糧事情を尋ね、それに対して農林大臣が「昨年は特にコメが凶作で、食糧の備蓄も底をついて…」と答える場面だ。一億玉砕などと精神論ばかりが横行していた時代、それでも食糧や燃料などについて状況を聞き、総合的な判断をしようと努力していることに感心した。時代は変わり、今は平成の世。停止中の原発の再稼働をどうするかの議論が盛んに行われている。
 原子力規制委員会の田中委員長は雑誌のインタビューで「断層と判った場合、大地震大津波による原発事故は滅多に起こらないが、起きた場合の被害が甚大だから、再稼働して良いとは言えない」「安全基準を守れないならば、政治がどう言おうと関係ない。再稼働が遅れて会社がつぶるかどうかも考えていない」と語っている。これに対して、新政権は、「原子力規制委員会が安全と認めたものはどんどん動かす」としている。委員長の発言は規制側の立場としてはもっともに聞こえるが、政府のコメントは、やや原子力規制委員会に責任を押し付けたような感じだ。
 安全に絶対はない。であれば、少しはリスクがあるものをあえて「やる」か「やらない」かである。一つの目安として安全基準が作られ、これに合格したものを安全と見なすということだ。これは絶対評価ではなく、欧米より若干厳しいものになるにせよ、そこで線を引いたというに過ぎない。
 なによりも優先すべきは、「国民の生命と財産を守る」ことだ。原発の安全が国民にとって安全の全てではない。ホルムズ海峡での一発のロケット弾が、日本に大停電を引き起こしたり、電力料金高騰で輸出産業が壊滅したりすれば、直ちに国民の生命と財産が危険にさらされてしまう。自動車教習所では「遠くの信号を見ることは大事だが、車のすぐ前の確認もおろそかにしてはいけない」と教えている。
 例え、大地震大津波が1000年に一度の確率であることが判っても、それだけで原発を止めるのは考えものだ。原発を動かすリスクもあるが、原発を止めたままにするリスクもこれまた大きい。原子力規制委員会は原発の危険については判断力を持っているだろうが、他の危険についてまで判断する能力も権限もないはずだ。
 原発の再稼働の判断は、原子力規制委員会の判断を参考に、その時の国際情勢、国内状況により総合的国家安全保障を議論する場で審議して、最後は政府が決断すべきものだ。現在の状況で言えば、原子力規制委員会が許可した原発を再稼働するとともに、万一の備えを強化し、時間を要する追加安全対策は実施期限を決めればよい。原子力規制委員会は総合的判断に資するよう、安全基準でやった場合の原発事故発生確率とその予想される被害の程度を国民に示すべきなのだ。

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