日本エネルギー会議

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賠償とは何か

 賠償とは何か。国語辞典によれば「他の人に与えた損害をつぐなうこと」。賠償は、ほとんどの場合、金銭によりつぐなわれる。堀江貴文は「金で買えないものはない」と豪語し、粉飾決算で逮捕され刑務所につながれた。なんでも金に換算することが出来るというのが損害賠償の考え方だ。人の命は地球より重いなどと言っても、結局、弁護士から幾ら支払うから示談書に判を押せと迫られるだけである。
 福島第一原発の事故で避難した人々が、避難所で謝罪に現われた東京電力の首脳に叫んだことは、「元の生活に戻せ」だった。しかし、福島第一原発の事故における賠償においても、現実的にはすべてが金銭によってつぐなわれている。賠償項目には、精神的損害に対する賠償があり、避難中は一人月10万円が支払われている。これを遊興飲食に使ってストレスを発散するもよいし、溜め込んでもかまわない。国や東京電力は故郷を失いコミュニティを失ったこともすべてこの精神的損害に含むと言いたいらしい。
 現実の賠償は加害者である国や東京電力の作った枠組みで行われており、一般的な賠償とは違う様相を呈している。国は今回の事故に関して加害者の一部でありながら、文部科学省の下に原子力損害賠償紛争審査会を設け指針を作らせ、同時に原子力損害紛争解決センター(ADR)を設置して和解を進めているなど被災者を支援する立場も取っていて、二重の性格を持っている。被災者が国と東京電力の作った枠組みから逃れるには、訴訟を起こすしかない。費用と時間を掛けて闘う意思がなければ、避難している被災者たちが裁判に持ち込むことは到底無理である。
 賠償される対象は、国の審査会指針を東京電力が解釈し具体化したもので、東京電力から被害者に送られてくる請求書の様式に書かれたものに限定される。それをどのような基準でいつ支払うかも、被災者と相談なしに勝手に決められている。加害者が一方的にそれらを決めていること自体おかしな話であるが、不満があればADRでも裁判でもどうぞということになっている。
ADRの仲介員(裁判官役に任じられた弁護士)に不満があっても、裁判所の和解とちがって、申立人は仲介員の交代を要請することは出来ないルールだ。国や東京電力は被災者が多く、ほとんどの人が訴訟をやるのは大変なので、このような形で賠償の枠組みをつくったとしているが、それならもうすこし被災者の意見を聴くような仕組みを作るべきだ。
 土地や建物といった被災者にとって最も大事な賠償について、東京電力に請求書類を提出してから一ヶ月経っても、何も反応がないが、こうした場合も被災者はおとなしく待っているしかない。問い合わせの電話をしてもオペレーターに「もうしばらくお待ちください」としか言われない。賠償が遅れることに対して裁判所のように年5パーセントの利息はつかない。
 このような状況のなかでも、少しづつ賠償は進んでおり、財物の賠償で得た金で避難先に新たな住まいを購入しようとする動きも被災者に出てきている。その人たちの元の住まいは東京電力の作った基準で査定されて賠償額が決められ、ここ数ヶ月の間に被災者に支払われる予定だ。
 元の住まいの所有権はそのままということになっており、その管理は被災者の責任となっている。まさか固定資産税を元のように払い続けていくことはないと思うが、思いのつまった我が家が朽ち果てていくのをそのままに出来る人は少ないはずだ。一方、元の家に戻って暮らそうと決意した人にとって、賠償金は家の修理や今後の備えとして大切なものになる。もし被災者に対して「あなたにとって賠償とは何ですか」と問えば「賠償とはすべてを金に換えることです」と答えるに違いない。

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