日本エネルギー会議

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疑問と説明

 現在、福島では巷に溢れているいわゆる「原発関連本」、メディアが断片的に伝える「恐怖感や話題性のある情報」などが一般の人たちの知識の元になっている。人々が家族や友人との会話の中でこの知識を教え合うことが、素朴な疑問を共有する素地となっている。
 素朴な疑問とは、「各地の原発では十分な高さの防波堤を海岸沿いに造ったと言っているが、それを超えるような高い津波は来ないのだろうか」「原子力安全委員長だったМ氏がいろいろなことを全部想定したら原子炉の設計など出来ないと言っていたが、今ある原発の設計はどうなのか」「年間1ミリシーベルトまでの被ばくは健康に影響がないと言っているが、区域解除されたところで生活していても本当に大丈夫なのだろうか」「帰還して生活した場合、福島第一原発は再び避難しなくてはならないようなことにならないのだろうか」「原発を再稼働すると政府が言っているが、我々のような目に遭う人が他の地域で出ないとも限らないのではないか」
 福島や他の原発立地地域に暮らす人々が原発の危険性に関して持つ素朴な疑問に対して、上から目線でなく、誰かが、きちんとした説明をするべきだ。この疑問に対する完全な答えなど、どこにもないということは、人々にもよくわかっている。疑問は原発にとどまらず遺伝子組み換え食品や、化学物質などの問題も同じことで、この世にゼロリスクなどありえず、人々は自分たちがないものねだりをしていることをなかば自覚しているが、心理的に乗り越えられずにいる。
 福島で避難し、地に足がついていない生活を二年以上もしている人々は、わずかなリスクだと言われ続けてきたそのリスクに遭遇し、身を持ってその痛みを感じているところが都会の人々や他の立地地域の人々とは違うところ。わずかなリスクと言われてきたことが、そうではなかったことに腹を立てているのだ。
 杜撰なことをやっていた役所や企業は看板を架け替えたくらいでは、しばらく信用されない。事故収束作業における想定外の発生やおそまつなトラブルは不信を助長する。素朴な疑問に説得力を持って答えるには、まず、説明する側が聞く側の人たちの信頼を得ていなければならない。福島では、国や電力会社はその点でいまだに許されてはいないということを認識する必要がある。自民党政権になってこれが改善されたとは言い難い。現に、福島県の漁業者や中間貯蔵施設候補地のボーリングが計画中の始まった楢葉町民の疑心暗鬼ぶりを見ていてもわかる。
 その次に大切なのは、決してなだめようとしたり、原発のメリットを強調し過ぎたりしないことだ。素朴な疑問はどれもが100パーセント大丈夫と実証出来ない問題。しかし、やるからには「100パーセント未満だがやらしてもらう」と言わねばウソになる。「二度と起こさない、起こしてはならない事故」などという発言は、当事者たちが気持ちとして持っているのはかまわないが、福島第一原発の事故後はそんなことは言わない方が賢明だ。
 やらないのに越したことはないが、やらざるを得ないこと、やった場合のリスクが実際より過大に伝えられていることは世の中にたくさんある。原子力に関して、この説明は、現在のところ立場的にも従来の経緯からしても原子力規制委員会が行うしかない。
 その際、地域の人々に対して、原子力規制委員会が原発の安全性を確認したと言うのではなく、原発の危険性が十分に小さいことを確認し、また万一の場合の対策も可能な限りやったと言うべきである。そうでないと、従来のように原子力規制委員会も「安全神話の罠」(安全だと説明したことで、改善改良を言い出せなくなること)に、はまる恐れがあり、結局、将来にわたって人々の信頼をつなぎとめることが出来なくなる。

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