日本エネルギー会議

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八重の桜

 福島県では大河ドラマ「八重の桜」が高視聴率だ。今まで官軍側からの明治維新が描かれることが多かったが、今回は最後まで抵抗し孤立して敗れた会津藩の側から描かれている。ドラマでは長州、薩摩それに京都の公家たちが錦の御旗をかざして東北征伐を強引に進めるなかで、会津藩はスケープゴートにされるというストーリーが展開中だ。藩主松平容保は京都守護職として大きな犠牲を払って朝廷を守り、徳川幕府の臣下として忠節を尽くしたにもかかわらず、朝敵となり、徳川家の代わりに新政府に討たれてしまう。会津藩が、維新の犠牲になったのに、東京をはじめ全国の人々は、会津の犠牲を忘れてしまい、会津を朝敵として歴史上悪役にしてしまった。
 先日、ある記者から「原発事故以降、福島県が置かれた状況の特殊性が、福島の孤立につながっていると思うか」との質問を受けた。とっさに私は、会津藩のことを思い出した。福島第一原発の事故の被災に関して、全国からの同情と支援を受けている福島県民であるが、いまだ避難者が戻れず、復興には時間が掛かっている。
 福島第一原発の現場ではトラブルが絶えず、除染や被災者の賠償もスローペースで、県民の国や東京電力に対する不信は続いている。にもかかわらず、政治やメディアにおける事故の風化が早いとの危機感がある。確かに原発による経済的恩恵はあったが、一旦事故になれば地域が破壊され、そんなものは吹き飛んでしまうくらいの被害があることを福島の人々は実感として持ってしまった。
 そんな状況でも、政府は再稼働を促すコメントを出し、いくつかの原発立地地域からは、早急な原発再稼働の声が上がり、全国原子力発電所所在市町村協議会(全原協、会長、河瀬敦賀市長)では、福島県の市町村は完全に浮いた存在である。また、事故後の選挙では原発ゼロ政策を取り下げた自民党が圧勝している。そもそも原発が選挙の争点にもならないことが多い。
 原発事故を直接経験したことにより、避難者をはじめ全県民が心情的に原発拒否となり、このような他の地域での動きが許せなくなっている。政府が早々に原発推進を打ち出し、他の地域が再稼働に前向きなことは、福島が原発事故で多大な犠牲を払ったのに、福島は時代遅れと言われているようなもので、自分たちの存在が否定されているとも感じている。いままで先頭に立って国の原子力政策に協力してきたのはいったい何だったのだろうと悔しくてしかたがない。素朴で策略などを嫌う県民性は、会津藩の血を引いたものであろう。

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