日本エネルギー会議

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圧力ゼロの瞬間

 時代がまだ昭和のころである。私は日本で初の商業用原発である東海発電所に勤務していた。炭酸ガスを冷却材に使ったイギリス製の原発は四つの蒸気発生器を持ち、そこに炭酸ガスを循環して原子炉の冷却とタービンに送るための蒸気を発生させていた。
 定期検査が終盤にさしかかったある日の午後、原子炉と蒸気発生器をつなぐ太い縦配管の点検を準備していた作業者二名が、配管の途中に設置されていた点検用のマンホールから一瞬にして配管内に転落し死亡するという事故が起きた。中央制御室では保修部門の要請で、蒸気発生器内部の点検修理のための換気に真空ポンプを回していたが、事故が起きた時点ではすべての弁、マンホールなどが閉じられた状態であった。真空ポンプは停止指示が出ていたが、中央制御室の操作が後回しとなり、その間に閉じられたループの中はほぼ真空状態となっていたのである。
 二名の作業者はマンホールの仮蓋を外そうとして、仮蓋とともに配管内部に吸い込まれてしまった。映画ジェイムスボンド007シリーズで、成層圏を飛ぶ飛行機の中から悪者が、破れた窓から外に吸い出されて行くが、そのような現象である。一瞬の出来事であり、室内の通常の気圧と配管内の真空が一瞬にして同じ気圧となり事は終了する。
 私は、福島第一原発の事故の記録で、突然「2号機、原子炉格納容器内圧力ゼロになりました」と運転員が叫ぶ箇所を読み、何十年も前の蒸気発生器の死亡事故のことを思い出した。容器内の圧力が設計限界値を超えてどんどん高まって、このままでは容器が爆発すると、誰もが深刻に考えていた時である。リング状のサプレッションチェンバーを含む格納容器のどこかが破損して、内部の蒸気が格納容器外に流出し、一瞬にして格納容器内が外気圧と同じになったと思われた。
 密閉容器は内圧が高まると爆発するとは限らず、一部弱いところが破損することで、内部の気圧を逃す場合があることが、今回も実証された。こうしたことはもっと考慮されてもよいし、また安全設計にも必要なことではないか。あるいは既に考えられているのかもしれない。絶対に漏らさないという硬直的な考えでは、圧力が高くなった際に対応がお手上げになる。建築物でも柔構造で地震の揺れを逃す方法が取られるようになった。
 蒸気が漏れることで、環境に放射能がばらまかれたことは遺憾であるが、格納容器の爆発が避けられたことは結果的には幸運ではなかったか。とここまで考えていると突然、そういえば組織内でもよく「ガス抜き」などという言葉が使われていたことを思い出した。仕事を進める上でのさまざまな問題、矛盾が一番弱い下請けやパートなどに押し付けられるため、これに耐えられなくなると外部に不満が放出され内部告発となることは格納容器とそっくりである。
 組織においては、ガス抜きをやりすぎると真実がどこかに行ってしまい、組織内部の本当の問題点を見失いがちであることも付け加えておく。

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