日本エネルギー会議

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トウモロコシ

 富岡町で親しくしていた農家からトウモロコシが送られてきた。発送元を見ると北海道だ。間もなく電話が掛かってきて、本人は今、道東を旅行中だという。聞けば、震災直後にアルバイトでいわき市のがれき処理を手伝っていた頃の仲間十五人とバスで観光しているらしい。富岡町の農家はどこも作付けはしていない。避難先で土地を借りて農業を再開している人は、ニュースとなるくらいまれだ。
 もともと農業をやっていた人は高齢者で、この先何年出来るかと思っていた矢先の原発事故だった。コメは親戚関係で消費し、畑で作った野菜を国道沿いの直売所に出して小遣い稼ぎをしていた人が多い。農業に対する事故の賠償は過去の売上を基に5年間行われている。家の賠償は受け取ったし、田畑の賠償も基準は決まったのでそのうち貰える。その先には少しだが山林の賠償もある。彼の場合、賠償金はほとんどを子や孫に渡してやるつもりだ。家族は、孫の進学先がどうなるかわからないので、まだこの先どこで暮らすかは決まっていない。 
 家は居住制限区域に再編されてから、宿泊は出来ないが、好きな時に帰れる。月に何回か帰って草刈りやねずみの駆除をしている。いつになるかわからないが、区域指定が解除になったとき、まだ動けるようだったら戻って生家で年金生活を続けたいと思っている。その時、子や孫が戻らないことは覚悟している。
 住まいは当面借り上げアパートだが、いわき市は都会だから不便はない。兄弟も近くに避難している。まだまだ、身体は動くし、車の運転も出来る。たいくつだから健康のため週二回パークゴルフ(ゲートボールより規模が大きく、ゴルフに近い)に通って新しい仲間も出来た。
今では、田圃や畑の世話をし、孫の面倒を見なくてはならなかったが、仮住まいとはいえ、こんなに時間と金に余裕が出来たのは結婚して以来。気晴らしに、あちこち出かけて歩くことを楽しみにしている夫婦の話もよく聞くという。

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