日本エネルギー会議

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美点の影に

かつて、カスピ海の近くのバラコバ原発の研修センターを訪問して教育問題についてロシア側の関係者と意見交換をしたことがある。日本の原子力開発に関して彼らが羨ましかったのは、技術的なことではなく「計画通りにモノが完成すること」であった。工程表が出来ると、それがその通りに進むことについて、「日本人はまるで魔法を使うかのように」と絶賛していた。

なるほど、バラコバ原発内部を案内してもらったが、増設中の原発は、鉄骨が赤錆て、大きなクレーンがブームをあげたま停止しており、広大な敷地では数人の女性作業員が草取りをしていた。理由を聞くと、送電線の増強の計画が頓挫していて原発を完成させても動かせるあてがないからということだった。日本では当たり前のことが、海外では特別にすごいことだと評価されることがあるが、

だが、福島第一原発の事故を経験した今では、少し考え方を変える必要があると感じている。それは計画通りにことが進むという日本社会の美点の影に、大企業における個人あるいは下請零細企業などの犠牲や無理が存在することに気がついたからだ。

よく、日本の組織では、根回しが末端まで行われるため、決定には時間が掛かるが、決定した途端に一致団結して計画通りに物事が進むと言われてきた。しかし、それは誰に対しても行われているわけではなく、力のあるところに対してのみ詳しい説明が事前に行われているのであって、多くの人や組織は抵抗することによるデメリットを先回りして理解し、反対の意思表示をしないだけのことではなかったのか。

特に日本の原発のように建設やメンテナンスに多層構造の請負体制を採用しているところでは、発注者や元請会社に対する下請会社の立場は弱く、ご無理ごもっともになりがち。これは電力会社の本店と現場との関係にも言えることだ。例え、危険性が高い、工期や予算が不足しているなど計画がずさんであっても、それが事前に直されることや、途中で修正される機会は少なく、結果的に末端にしわ寄せとして押し付けられる。このことは今回の廃炉や汚染水の問題の推移を見ていても感じることだ。

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