日本エネルギー会議

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還元主義

還元主義とか要素還元主義という言葉がある。複雑な物事でも、それを構成する要素に分解し、個別の要素だけを理解すれば、元の複雑な物事全体の性質や振る舞いもすべて理解できるとする考え方だ。

デカルトはその「方法序説」で世界を機械にたとえ、世界は時計仕掛けのようであり、部品を一つ一つ個別に研究した上で、最後に全体を大きな構図で見れば機械が理解できるように、世界も分かるだろうと述べている。デカルトは「分解し、網羅的に調べ、後に統合する」という考え方であったが、人々によってこの前半の「分解」ばかりが強調され、しかも一部の要素だけに言及してそれだけで事足れりとする者が現れ、還元主義となってゆくことになったらしい。

近年、科学技術の開発は分業が著しい。分業化が進み、それぞれの分野では微に入り細に入りの検討がされてきたが、「分解し、網羅的に調べる」ことを進めた結果、すぐに隣の分野でもその専門でなければほとんど理解出来ないような状態になっている。デカルトが言っている「後に統合する」という働きが弱く、専門分野の深さに対して追いつけない状況だ。専門家はこれを嫌い、ある限定した範囲を設定して、この内であれば責任を持つがそれ以外の事を聞かれても知りませんよという防御的姿勢を取るようになってしまった。分野間の調整や統合は、誰か他の人の仕事であって、誰かがやっているはずだということで、前提条件が崩壊すれば責任は持てないとし、もっぱら専門の深さを求める傾向が顕著だ。

かつて現役の頃、発注者が受注者に対して行う工事計画ヒヤリングにおいて、説明する工事会社の担当者が、その工事と同じ時期に上下左右で、他にどのような工事が行われているかについて、あまりにも情報を持っていないことに驚いた経験がある。現代社会は分業を効率のためにやるのだが、そのメリットを受けるかわりに全体としてのバランスを欠いたり、互の影響について鈍感になったり、重複や空白に気づかなかったりというデメリットを背負い込んでいる。

原発は巨大科学技術の象徴のような存在であり、その開発や運用においては電力会社、メーカー、工事会社など事業主体も分かれており、さらにそれらの内部でも専門分野に分かれている。どこが責任を持って全体を見ていてくれるのかが外からは見えにくい。原子力規制委員会など国にそれを期待してもよいものなのだろうか。電力会社、メーカーなどの内部にも「各部門を統合する働き」をもつ部署をつくるとともに、各社が集まって全体の歪がないかを検討する仕組みが必要と考える。

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