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Eテレ「戦後史証言プロジェクト」を見て

Eテレ「戦後史証言プロジェクト 第5回福島 浜通り 原発と生きた町」を見た。再放送が2014年1月11日(土)0:45~(金曜深夜)にあるので、見過ごされた方はこれを見るようお勧めしたい。

番組で一時間半にわたって、丁寧に福島に原発が建設された50年の経緯をたどっているのは、NHKらしい重厚さである。地元に住んでいた私自身が話や噂に聞いていたことが、映像や証言やグラフなどで具体的に示されており大変説得力がある。ただし、原発の安全説明と同じで、自説に有利な証拠だけ集めたのではという疑問も残らない訳ではない。そうではなかったという話や別の側面からの話があれば、さらに優れたレポートになったのではないか。

原発という国策に振り回された自治体と地元住民というストーリーは、全国どこの立地地点でも当てはまり、福島特有の話ではない。多分、各地点で、この放送をご覧になった方は大筋、自分たちの時と同じだと思われたことだろう。番組の後半で、元双葉町長の岩本氏の「町も電力会社と運命共同体になっていた」という意見を紹介していたが、それはまったく適切であり、(私は、自治体も原子力ムラの一部になったと以前書いた)再稼働に直面している現在も、そのようになったままではないか。

番組では自治体の職員と地元の人の話を同時並行に入れることで、狭い地元では生活が優先で、土地が買収されてしまえば反対運動などする余地はほとんどなく、町の行政が箱モノ中毒になっていくところなどよく描けていた。原発プロジェクトというものは巨大すぎて、県や市町村ではどうにも対応しきれるものではなかった。地元の政治家や自治体職員などの資質、能力、経験、情報量の乏しさが、見ていてなんとも歯がゆい感じがした。また、その背後には住民の生活のためにはとにかく信用しようというお上まかせの意識があった。「うますぎる話には注意しなくては」は国や知事、そして電力会社の権威の前に忘れてしまったということだ。それを手玉にとった自民党政権や官庁や電力会社は確信犯的なのだが、今回の番組では、そこはやや抑えられていて、それをどう思うかは見る人の判断にまかされていたように思う。

地元の人々のインタビューでは、原発が来て地域が変わった、豊かになったと言う証言が相次いだが、これはすでにその頃発展から取り残されていた地元の状況が、あまりにもひどすぎたことの裏返しだ。高齢者に聞けば「隔世の感」と言うが、若い人にとっては産まれたときから同じ。高度成長で原発立地地域以外の町も地方交付税や工場誘致でそれなりに立派になったのであまり差がなくなり、その後は逆に「原発があるのに何故たいしたことはないのか。せいぜい働く場所があることと、景気に左右されないことくらいだ」と言うことになったのだ。さらに問題はその恩恵の配り方が公平さを欠き、なおかつ固定してしまったことなどであるが、番組ではあまり指摘されていなかった。

何故、福島第一原発で最悪の事故が起きたか。私は学会誌の論文で「立地と設計の誤り。それを長年放置したこと。外部からの警告を軽く扱ったこと」と指摘したが、これらについて自治体や地元住民はなんら手が打てなかったこと、さらには学者やメディアが力を出さなかった、出せなかったことも番組として指摘すべきだったのではないか。反対派のあいも変わらぬ感情的な反対のやり方やメディアの贔屓の引き倒しもあったはずだ。今回は、地元中心の話だったが、そのことは今後取り上げるべきと思う。

「確かに原発が来ることによる恩恵はあったが、故郷を失うという大きな代償はあまりにも大きかった」との証言は、私には結論のようにも取れたが、人間社会というものは、そのようにしかならない。しかたがないのだという悲観的メッセージにも思える。アメリカインディアン、植民地政策、公害企業、米軍基地などもこの手の問題であることが、番組を見ていると思い浮かんで来るが、地元の人々がそこから何を学んで、最後に酷い目に遭わないように、どのように賢く考え、圧倒的な力で襲ってくる外圧に対して、どのように立ち向かうべきであったかを示さなければ、歴史は繰り返すというだけのメッセージに過ぎなくなってしまう。

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