日本エネルギー会議

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楽市楽座

電力自由化は織田信長の「楽市楽座」のようなもの。いままでは特定の商人しか商いが許されなかったが、今後は自由に電気を販売出来るようになる。電力が自由化されると電力会社に課せられていた供給義務がなくなり、需要に合わせた計画的な発電所の建設が行われず、電力不足になるのではないかと心配する声がある。食糧難になれば食料を節約し、家庭菜園を作り始めるように、電力が足りず供給が不安定になれば、企業も家庭も節電をさらに推し進め、加えて自家発や蓄電池で備えようとするので大丈夫だという考えもある。

一次エネルギーである化石燃料などが外国から来ないとなると大事だが、電気は二次エネルギーなので、一次エネルギーさえ確保出来れば、さまざまな方法で作ることが出来る。すでに、電力会社のような大きな設備をもたなくても、小さな需要を満たすための発電方式は出現している。ガスによるエネファームの他、小水力、ミドルソーラー、家庭用ソーラー、バイオマス、地熱、風力、バイナリー発電など化石燃料を使わないものもある。

いままで大きな設備に対する規制が小さなものにも適用されて、これらが普及するのを阻んでいたが、ここにきて規制緩和も進み発電単価も年々下がっている。こうした中小の電源は、大企業より中小企業やベンチャー企業、自治体、農家などが手がけているものが多い。電力会社が所有する火力発電に9割方依存している現状では、そんな話は夢物語に過ぎぬと考えるのが普通だが、北海道や東北など一部地域では今後無視できない量になるだろう。

自家発や再生エネルギーによる電力は、結果的に全国市場で取引される電力の量を一定割合少なくする効果がある。ソーラーを付けている友人宅では、先月の発電電力量は約700キロワットアワー。これに対して使用電力量は約500キロワットアワーで、このうち電力会社から買電したものが約300キロワットアワーだった。友人がソーラーをつけたことで、電力会社は約200キロワットアワー分の販売量が減った。再生可能エネルギーによる発電が増加する分、電力会社の収入源である販売電力量は減ることになる。今までオール電化住宅のキャンペーンに奔走してきた電力会社の社員は、新築の家に次々とソーラーが上がるのを見て心穏やかではないはずだ。

人口減少や節電などで減少する需要に対して、供給は再生可能エネルギーや民間企業の火力発電所などによる発電量が年々増加している。加えて原発の再稼働があれば、需給はさらに緩和する。これから工場や鉄道は自ら発電し、自ら蓄電し、必要に応じて使用し、余れば他に販売するところも増える。電力料金が上昇すれば、この傾向は強まる。市場で取引される電力量が少なくなれば、電力会社の所有する大型発電設備は効率の良いものに絞られ、効率の悪いものから徐々に取り壊される運命にある。マイカーの普及により、電車やバス路線が維持出来なくなるようなものだ。

電力会社の主要な収入源が細っていくなか、新たな収入源が模索されている。北陸電力は子会社の天然ガスの外販を検討中だ。東京電力も海外で電気を売ろうとするなど意欲的に動いている。電源開発を除く電力会社の海外事業は過去には「出ると負け」で撤退が相次いだが、今度ばかりは負けてはいられぬ正念場を迎えている。

ソーラーや風力発電設備は、既に製造メーカーが直接顧客を開拓しており、電力会社は余剰を買い取ることはするが、設備の販売に電力会社が入り込む余地はない。このままでは、電力会社の事業領域、事業規模は徐々に小さなものになってしまう。政府は原発を「重要なベースロード電源」と位置づけたが、電力会社が楽市楽座で顧客の奪い合いを繰り広げる時代に、経営リスクの大きい原発を維持し続けることを無条件で要求するのは無理がある話だ。日本原電が供給先の電力会社から基本料金をもらっているように、動かなくても国から一定の基本料金が入るなどの仕組みが必要だ。支援の理由としては、二酸化炭素排出抑制、原子力安全確保、エネルギー安全保障でよいではないか。

電力の世界も少しつづではあるが、集中型、長距離送電から分散型、地産地消に向かっている。誰かが「原発の本質はマッチョである」と言ったが、ベースロード電源として大出力の原発が必要だとの考え方自体が、これからの時代に合わない大鑑巨砲主義のような気もする。

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