日本エネルギー会議

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記録が語る現場の問題点(2)

福島第一原発の事故現場で恐怖と戦いながら危機的状況を乗り切った福島原発所員の行動記録がある。それは原発事故を防ぐための、また適切な対応を考えるうえの貴重な資料でもある。読んでいくと、所員たちが何に対して、どのように困ったかが端的に伝わってくる。青字は記録、黒字はそれを読んで考えた私なりの指摘である。

<3,4 号機中央制御室の状況>
・ 3,4 号機では、地震発生時、当直9 名、作業管理グループ8 名、定検チーム12 名の計29 名の運転員が勤務していた。
・ 地震で中央制御室の中が埃で煙幕をはったように真っ白になる中、揺れが収まるのを待って、運転員は通常のスクラム対応操作を開始。当直長は、スクラムしたことの報告を受けるとともに、外部電源喪失となり、D/Gが起動し、非常用母線が充電されたことを確認した。
・ 地震後、運転員は、地震発生と津波及び避難について、発電所構内一斉ページングの形で周知。また、当直長の指示により、運転員の安否確認を実施。
・ 3 号機の運転員は、15:05、原子炉水位を確保するためにRCIC を手動起動。15:25、原子炉への注水により原子炉水位高で自動停止したことを確認した。
・ 津波が来るという情報があったため、運転員は避難指示のために海側のサービス建屋に向かい、同建屋にいた作業員3 名を避難させた。窓から海の方を見ると遠くに白波が立ち、津波が迫っている状況であった。建屋内に人が居ないか大声で呼びかけ、急いで建屋の外に出ると、中央制御室に戻る道の少し先で、目測で高さ10m 以上の水柱が上がった。恐怖で一瞬立ち止まった後、水柱の上がった方向に向かって走り、中央制御室へ戻った。

指摘事項3
1.
津波がくるという情報はどこから得たのか。そのような情報が入るようになっていたのか。他の号機との連絡連携はなかったのか。このことについて対策を考えておく必要がある。
2.
地震発生後30分程度時間があったにもかかわらず津波避難誘導が遅すぎたのではないか。(富岡町では地震後すばやく津波避難の指示が町役場から町民に出されている)大地震の場合、津波情報に基づいて直ちに避難指示、誘導を行えるようにしておく必要がある。津波はめったに経験しないので、津波のVTRを見せるなど教育も必要である。
                          
<5,6 号機中央制御室の状況>
・ 5,6 号機では,地震発生時、当直9 名、作業管理グループ8 名、定検チーム27 名の計44 名の運転員が勤務していた。
・ 当直長は、自席でパネルを確認しながら、揺れが収まるまで身の安全を確保した。他の運転員も、身をかがめる等身の安全を確保しながら、ラックやパネル表示に注意を払った。揺れが収まった後、ほとんどの警報が鳴り響く中、警報確認を実施。外部電源喪失となり、D/G が起動し、非常用母線が充電されたことを確認した。
・ 地震後,ページング放送とPHS にて現場に対して地震発生と津波及び避難を周知。運転員は現場の控え室に集まってから、中央制御室に戻ってきた。
・ 屋外監視カメラ(ITV)を用いて津波の監視を試みるも、使用出来なかった。

指摘事項4
1.
津波がくるという情報はどこから得たのか。そのような情報が入るようになっていたのか。他の号機との連絡連携はなかったのか。津波情報をどこから得て、それをどのように周知するかを決めておく必要がある。
2.
屋外監視カメラ(ITV)を用いての津波の監視、運転員による表での目視に行かせるようマニュアルを整備する必要がある。監視カメラが使えなかった原因を調査し、対策を立てる必要がある。

(つづく)

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