日本エネルギー会議

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小泉元首相の嗅覚

世論調査をすると原発推進に反対する人が半数を超える。なぜこのように多くの人が反対するのか。福島第一原発の事故を見て、こんなに恐ろしいものはどんなにメリットがあろうとやめておいた方がよいと考えた人、高レベル放射性廃棄物の処理処分に目処がたたないならこれ以上運転しない方がよいと判断した人などさまざまだ。メディアを通じて原発に関するマイナスイメージが広く行き渡っていることも影響しているのだろう。

人々が反対する理由を少し掘り下げていくと、物事を判断する際に必ず現れる日本人の特徴に気づく。こう言ってしまうと身も蓋もないのだが、「日本人はどこまでも突き詰めて考えることが苦手」なのではないか。判断材料がたくさんあってそれらを理解し、比較していくのが難しい場合、自分の力ではなく他人の力を借りようとする。周囲の人や多くの人がどう考えているかを気にする。また、日頃から理屈でなく情緒的だ。そうした特徴が検討の段階で出てきてしまい、その時点で検討は終わりにして結論に短絡してしまう。

要するに、めんどうなものは嫌なのだ。人間は誰でもそのような傾向があるが、特に日本人はその傾向が強い。歴史上、偉大な哲学者はヨーロッパ人ばかり。日本では過去に仏教の教理論争もあったがそれは一部のエリート間の論争であり、庶民向けには「なむあみだぶつと唱えるだけで極楽に行ける」と極めて単純明快だ。日本人は軽快なもの、気軽なもの、単純なもの、あっさりしたものが好きなのだ。これは日本の建築、芸術、調理法などを見てもわかる。ゴシック建築の教会はすごいと思うが、最終的には伊勢神宮に行き着く。 

原発でいま言われていることといえば、津波に備えての大掛かりな防潮堤、事故に備えての避難計画、ヨウ素剤の配布、食品の放射能測定など面倒なことばかり。わずかな放射線被ばくが身体に影響があるのかないのか。使用済燃料や高レベル放射性廃棄物など処分地探しをどう進めていけばよいのか。日本人はこれを聞いて、ややこしいことは極力避けたいものだと考える。そんな面倒な原発をやるくらいなら、それ以外の方法を探した方がましと早々に結論を出す。その根拠を尋ねられると「嫌なものは嫌だ」とか「誰それがそう言っている」「やろうと決断すればできる」などと理屈に合わない支離滅裂なことを述べて一向に平気だ。

原発に携わっている人たちも本音を言えば、役所の手続きや検査の不必要に煩雑なこと、納得してくれそうもない地元住民への説明など、原発を進めるには火力発電所と違って面倒なことが多すぎて嫌になっている。その面倒さを作り出しているのは、原発が面倒なものだとの思いから反対している人たちからの圧力なのだから困ったものだ。

小泉純一郎元首相が1年余り前、ドイツとフィンランドを視察後に突然、脱原発を主張し始めた。さらに、「いま、オレが現役に戻って、態度未定の国会議員を説得するとしてね、『原発は必要』という線でまとめる自信はない。今回いろいろ見て、『原発ゼロ』という方向なら説得できると思ったな。ますますその自信が深まったよ」とも洩らしている。

これは、彼が政権を取っていた時代、郵政民営化というシングルイシューで選挙に打って出て大衆の心を捉えたやり方を思い起こさせる。なぜ突然彼が原発政策の転向を言い出したかを考えると、彼は最終処分場のオンカロを見て、こんなことは日本では無理だと直感的に思ったと同時に、自分以外の日本人も「こんな面倒なことは、日本人ならまちがいなく嫌うはずだ」と鋭い嗅覚で嗅ぎ分けたからではないか。

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