日本エネルギー会議

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情報開示の罠(4)

原発に関係する情報開示の問題を追っていた経済誌ベテラン記者の望月は、
元電力会社の広報担当の織田から発信側から見たマスコミ、地元自治体、所管官庁など受信側のビヘイビアについて聞き出そうとしていた。

「マスコミ各社は原発で事故があると、いつも激しい報道合戦をしています。立地自治体にある全国紙の支局では、普段は全国版に載るような事件事故は滅多に起きませんが原発の問題だけは違います。場合によっては本社からの応援もきます。地方紙は地元読者の関心も高いので、これまた力が入ります。地方紙は経験が豊富であることや原発の立地段階からの経過も十分に知っているので、発信側からすると情報に対する反応も安定さが感じられます。」

織田は順調に運転しているときはほとんど報道されないが、ひとたび事故となると急に扱いが大きくなることをおかしいと言いたかったようだ。続いて織田は原発事故の場合、どのように取材が行われ電力会社がどのように対応しているのかについて話し出した。

「マスコミが得る事故についての情報は主に規制当局、立地自治体、電力会社からの発表によります。記者が実際に事故の現場に行くのは、のちに県などの自治体が立ち入りをする際に同行するのがほとんどです。ルートも決まったところを歩くので、どの報道も似たようなものになりがちです。

3つの組織の間では、事故の状況、原因、対策など発表内容について齟齬がないようにあらかじめ調整が行われるのが普通です。立地自治体にもよりますが、県に原発の技術に強いスタッフがいる場合には、規制当局の認めた対策案に県が異論をはさむ場合もあり、電力会社がこの間に入って悩むことになります。図面や資料についてはメーカーに対する守秘義務があって黒塗りの部分も出てきます。この調整のための時間がかかり、情報開示がなかなか行われない場合もありますが、締切り時間のある報道関係者はいらいらがつのります。

いずれにしても、図面や写真なども含めて得られる情報は一緒ですから、各紙各局はそれをどのように扱うかの勝負になります。県庁の記者クラブに入っていれば特落ちなしというわけです。

そうした情報をもとに報道内容が作られるのですが、記者会見での質疑も各社が聞いていますから開示された情報はほとんど同じになります。大本営発表で空母何隻撃沈とあっても、記者が戦果を確認出来るものではありません。原発事故の報道も似ているような気がします。

そこからマスコミ各社はどのような記事が出来るかというと、ご存知のとおり、ほとんど各社変わらない記事になるのです。時間がない場合など、官庁や電力会社が出した発表文が横書きで書かれていたものを縦書きにしただけに見えることもあります。もっともいろいろな角度からチェックすれば、大本営発表もおかしな点が出てくるはずですが、そこまでやる時間とマンパワーもないのでしょうか。発信側としてはありがたいことですが…。

昔は一面トップの大見出しで記事は数行しかないというのもありました。この場合、締切時間が迫っているので情報は十分ではないが、一次冷却水が漏洩したのだから重大なことなのだと判断して大きな見出しにしておいたようです。配管の継手から極少量の漏洩だったので次の日は出ませんでした。こうした経験を積んで最近では、主に発表文を待っての報道が多くなりました。」

望月は週刊誌などではまだそんな記事もときたま目にするが、やはり原発に関してはマスコミが役所や電力会社の発表に依存している部分が大きいのだと思った。小さな和牛ステーキに蕪、アスパラ、人参、山葵などが添えられ和風ソースがかけられた肉料理が出てきた。織田は赤ワインを注文した。

「とはいえ」と織田は言いたいことはこれからだという口調になった。
「少し大きな事故になりますと、マスコミ各社は専門家の意見を紹介したり、海外の事例を持ち出したり、過去にも同じようなことがあったなどと書きます。」

「それはそうでしょうね。原発は専門的な問題ですから、専門家の意見や海外の情報を書けば読者に対して親切ですし記事が説得力を持ちます。」
望月がそう言ったが、織田の意図は別にあった。

「その専門家の意見というものが、我々からすれば問題なのです。いまや専門家は推進派と反対派に二分されたかのような状態で、本来ならば両陣営の専門家の意見を併記すれば公平となりますが、紙面や時間の関係でどちらかを選択する。そうなると反対派のかつぐ専門家の方が厳しいことを言うのでこれを採用する傾向がある。推進派の専門家と違って反対派の推す専門家は専門外の領域にまで自信たっぷりにコメントするのも問題です。その専門家の意見を載せるということは、そのマスコミがその意見を支持しているとも読めますが、問い詰めるとそれはその専門家の意見であると逃げられるのはどうも納得できません。
規模の大きなマスコミでは、社内に科学部などがあって、社独自に原発事故の評価などできそうなものですが、社会部の記事には無関係のような印象も受けますが、どうなっているのか知りたいものです。」

ワインの酔いも手伝ってか、織田の心情は現役に戻りつつあるようだ。
これを聞いて望月は、その昔ある新聞社に原発に詳しい科学部の女性記者がいて、彼女の書いた記事をいくつか読んだことを思い出した。

織田は柔らかいステーキ肉を箸で切って口に入れ赤ワインで流しこみながら、次なる問題点を指摘した。

「実は、事故の報道をしながら焦点は事故の内容ではなく、情報開示の問題などにまつわる事件性が報道の中心になる場合がしばしば見られます。特に内部告発によって事故が発覚したものについては、事件性の方が優先されます。内部告発で電力会社が隠蔽していたことや監督官庁がよく監督していなかったことが浮かび上がってくる。事故そのものよりも電力会社の組織の体質や監督官庁の能力不足、両者の癒着などの方にニュース性があるからです。内部告発をきっかけに次々と不正が明るみに出るというパターンが一番読者を惹きつけます。そうなると事故の環境に与える影響などの実態はどうでもよくなってしまいます。」

織田の大きくて薄いグラスにワインを注ぎながら、望月も最近気になっていることをぶつけてみた。
「最近のテレビのワイドショーで、事件や事故について話題にする際に、必ずといってもいいほど、『いったい何があったのか』というナレーションが入ってから、レポーターの説明があります。要はミステリータッチで視聴者を引き付けるやり方が定番になっているのですね。」

織田は望月にワインを注ぎかえしながら
「そのとおりです。それは何十年も前からあったのですが、最近特にその傾向が目立つような気がします。先輩から聞いた話しですが、原発開発初期の頃、現場で作業員が2名転落して死亡するという事故があった。その理由が単なる転落ではなく、運転操作によって負圧状態が作られて2名が大口径の垂直配管内に吸い込まれてしまった。要は単なる下請け作業員の転落事故ではなく、発電所のオペレーションが絡んでいた。それを捜査した警察や労働基準監督署は原発の構造を知らないから、転落した理由がどうしてもわからなかった。発電所側はすぐにわかったのだが黙っていた。事故から三日目に発電所側はこの事故原因がミステリー化することでマスコミが騒ぎ出すことを恐れて自ら手を挙げたということがあったそうです。」

望月は知らなかった話しを聞いて興奮気味に
「そんなことがあったのですね。攻めの広報というか、ミステリー化されないように先手を打つことも場合によっては有効だと。」

「少なくとも先手を取ることによって受信側に誠意を示すことができ、痛くもない腹を探られることもありません。積極果敢に開示していくことで、発信側が事態を主体的にコントロールできる立場にもなりえます。開示に伴うリスクを開示しなかった時のリスクと比較したうえで、最悪事態を避けるためには、開示したほうがよいケースが多いように思われます。追い詰められた挙句の開示はサマになりません。情報開示の遅れで守り一方の対応になったときはみじめなものです。その復旧に膨大な時間と労力がかかるでしょう。ましてや『逃げ』は救いようのない方向に向かってしまうのです。」
そう言いながらも織田はすっきりしない表情を見せたのを望月は見逃さなかった。多分、織田は理想論を話したのだと。

「しかし、おっしゃるようになかなかならないのは何故なのですか。」と問いかけた望月に対して、織田はしばらく考えていたがやがて続きを話しだした。

「マスコミに対応している第一線の広報マンは、社内ではある意味浮いた存在なのです。普段から記者たちや地元の有力者と付き合っていれば、自然に彼らと同化してしまい、彼らがどう考え、何を求めるかを自然に理解するようになります。理解したことを電力会社に戻って会社のためにはこうした方が良いと言えば、現業部門の社員からは『お前はどちら側の人間か』と反発を食うようになります。機微な情報も警戒して教えてくれなくなります。それは自治体の原発監視部門と対応している人間も同じです。

先手対応など機敏な動きを最も妨害するのは、現業部門、本社の管理部門です。彼らにとって一番大切なのは監督官庁との調整です。権限を持つ役人の了解を取らずに事を進めたら、『勝手にやるがいい、何かあっても守ってやらないよ』と突き放されてしまい、どうにも動きが取れなくなる。それを恐れるから情報開示は調整が済むまで絶対にやらせない。さらにこの調整に自治体の原発監視部門が絡んでくると電力会社は板挟み状態となり、さらに時間がかかってしまう。広報部門の役割はマスコミをなんとかなだめい待てせることだろうと考えている人もいるくらいです。」

この説明は望月のさらなる質問を誘発した。
「前に日米の原発の稼働率の比較をしたことがありますが、そのとき事故や故障で停止した原発の再稼働までの時間が日本の場合アメリカの何倍もかかっていることを知りました。情報開示の遅れにもそれは関係しているのでしょうか。」
織田は望月がなかなか勉強していることに感心した。

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