日本エネルギー会議

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首の皮一枚の教訓

東日本大震災の津波により太平洋沿岸部の福島第一原発が停止したが、原子炉冷却出来ずメルトダウン。同じく太平洋沿岸部の女川原発、福島第二、東海第二原発も津波に襲われたが、いずれも停止後原子炉冷却をしてメルトダウンを免れた。女川原発は当初より海抜の高い場所に建設をされており、福島第二は電源が辛うじて途絶えなかったことで、東海第二原発は直前に津波対策の防潮堤かさ上げ工事が行われていたことと電源をなんとか確保出来たことで大事故にならなかった。

後日、女川原発が周辺住民の避難場所となったこと、福島第二では増田所長が奮闘してなんとか冷温停止にもっていったこと。東海第二では同じく剱田所長の巧みな指揮により時間がかかったが冷温停止にしたことが評判となった。なかでも、東海第二は取水関連の機器の防潮堤のかさ上げ工事が奇しくも震災の前日に完成していたこと(一部穴はあった)、村上東海村長が「あと75センチしか余裕がなかった。まさに首の皮一枚。もし超えていたら福島第一原発と同じ大惨事になった」と強く抗議したことも報じられた。その後の経過を見ていると、無事だった三発電所については所長以下の大活躍が美談として取り上げられる傾向があるのは遺憾である。

たまたまうまくいった場合、「よかった、よかった」と言っていると必ず次は大変な事態になるものだ。ここはひとつ、どのような備えが欠けていたか、三発電所について冷静に分析をする必要がある。三発電所はいまや電源車などを配備して万全の体勢をとっているが、電源車の配置など震災前は思いもよらなかったのだ。また、あの時、何かが欠けていたらメルトダウンしたかもしれないというものがあるはずだ。震災前までに不足していたもの、不足していた訓練、不足していた考え方などについてあらためて検討するべきだ。

綱渡りのような対応でようやく難を逃れたのであれば、どのような発想と行動力と協力がそれを可能にしたのか、よく振り返るべきで、そういうものこそが非常時に必要なものなのだ。現場にいた社員、常駐していた協力会社職員はどのような働きをしたのか。指揮命令系統はどうだったのか。国、地元、本店に対してはどのような情報を出して、その結果はどうだったのか。「勝って兜の緒をしめよ」と言うが、敗因分析だけではなく、勝因の分析がしっかり出来てこそ次の勝利につながる。

電力業界は再稼働までにそれらの分析を自主的に行って、その結果を公表するべきではなかったか。北海道から九州まで、どの現場もそれを知りたがっているはずだ。

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