日本エネルギー会議

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事故後5年で見えてきたもの(2)

(もはや避難者ではない) 

元NTTドコモの副社長平田正之氏がブログで「大震災と原発事故-福島県浜通りの姿」と題して「私は東日本大震災で津波の被害にあった岩手県と宮城県の沿岸地域をこれまで3回訪れて被害と復興の状況を見てきましたが、現在に到るも町全体が無人なのは今回初めて体験しました。今後何年先まで無人状態が続くのか想像がつきません。本当に悲惨な災害です」と書いている。福島第一原発周辺を視察された方の多くがこのような感想を持たれている。

確かに書かれている通りだが、その区域から避難した人々は、今ほとんどが県内外に移り住んで毎日の暮らしを続けている。その半数が既に新たな土地に家を構えて職を得ている。子供たちは家の近くの学校に通っており、避難した時一年生だった子供がもう五年生だ。それを見て残りの「まだ帰還については判断がつかない」として仮住まいをしている人々も帰還を諦めつつあるのだ。メディアは「事故からことし3月で5年となるが、福島県では今も10万人余りが県内外に避難を続け…」と報じているが、それは元避難者であり、本当に避難中の人数は半分程度だ。

別の土地に家を建てた住民が住民票をそのままにしていることが多く、賠償で家を新築しても仮設住宅や借り上げ住宅を便宜上借りたままにしていることもあり、県も市町村は正確な状況は把握出来ていない。

双葉郡のトップを切って帰還宣言をして帰村した川内村の高齢者の何人かは、いまだに郡山市の仮設住宅にとどまっている。買い物にも病院通いにも便利な郡山市の中心部で、周囲には避難した時から5年間も一緒にいる仲間がいて、世話を焼いてくれる人もいる。地域が解除されているので、川内村に住んでいた人のほとんどが、既に月10万円の精神的損害は打ち切られているが、川内村での以前より不便な生活はしたくないのだ。川内村の帰還率は半分程度で、店をやっていた人は除染の作業員もいなくなって客が事故前より減ったために、せっかく再開した店を閉めて他に移って行く人さえいる。こういう人たちも厳密に言えば避難者ではない。

事故から5年で災害からの復興も新たなステージにと言われているが、避難なのか移住なのか、けじめをつけないままダラダラと支援や健康保険税などの免除を続けて良いわけがない。国も自治体も前代未聞の原発災害ということで際限なく避難住民の要求を受け入れれば、避難者以外の県民が苛立つだけだ。今回、大熊町などは国からの百億円単位の新たな交付金を10年間かけて町民個人に分配しようとしているようだが、そんなことをすれば、苛立ちは益々ひどくなる。

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