日本エネルギー会議

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開成山公園

福島県では福島第一原発の事故後に県内全域で大規模に除染が行われ、特に子供が遊ぶ公園など公共施設の除染は優先された。下の写真は福島県内で最も人口が多い郡山市のほぼ中心にある開成山公園の今の様子。江戸時代には、二本松藩の狩場であったが、明治になって郡山の商人たちが沼沢地を開墾、昭和になって公園となった。全部で30ヘクタールもあり、バラ園、野外音楽堂、自由広場、児童広場、幼児広場、野球場、陸上競技場、プール、弓道場、郡山市音楽・文化交流館、耐震性貯水槽、駐車場などがある立派なものだ。桜の木が1000本あり、写真の児童広場では満開の桜の下で幼稚園から小学校低学年の子供たちが駆け回っている。ちなみに日本で一番古いソメイヨシノはこの公園にある。

その公園のそこかしこに福島第一原発の事故による放射性物質の除染に関する表示が掲げられている。事故後約半年過ぎた平成23年10月には3マイクロシーベルト/時近くだったが、それが除染により5年たった現在では0.17マイクロシーベルト/時まで下がったことがわかる。

私が浜通りから郡山市に避難してきた一ヶ月後に、この公園では少人数ながら親子連れが遊んでいた。母親たちは簡易な測定器であちこち測定しては「ここはこんなにあるわよ」「ここは高いからだめね」などと話をしていた。

今ではそんなことをする人もいない。芝生の山に寝転んでのんびり日向ぼっこをしている人もいる。テレビではいまも天気予報のあとに、県内各地の放射線の値を報じているし、街を歩くとたまに「除染中」と書いた看板を立てて除染作業員が働いているのを見かける。しかし、スーパーでは福島県産と表示した野菜がたくさん置いてあり、人々はそれを買っている。避難区域から避難してきている人も含め、郡山市に暮らす人たちは放射能との付き合い方を自然に身につけてきたようだ。だが、その裏には全国から人を集め、すさまじい人海戦術で行われた除染作業があったことを記憶に留めておく必要がある。

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