日本エネルギー会議

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千年に一度の災害にどう向き合うか(2)

「千年に一度の災害にどう向き合うか」を検討する際の視野を拡げるために、視点を上げる必要がある。東洋大学の創立者である哲学者井上円了は、明治期の近代化にあたり「先入観や偏見にとらわれず物事の本質に迫って、自らの問題として深く考え、その営みの下で主体的に社会の課題に取り組む」ことが大事だと言っている。これこそ「千年に一度の災害にどう向き合うか」を考えるための視点だ。

人類は地球上に登場してから氷河期も乗り越え、なんとか存続の手段を見出して今日に至り、現代では科学技術を発達させコレラやエボラ出血熱の脅威でさえ押さえ込むことに成功した。(皮肉なことに我々が作り出した核で人類絶滅に至るかもしれないのだが)人類はかつてないほどに数を増やし、その人口圧力により資源や環境が限度を超えて酷使され、生命のゆりかごである地球をも破壊しそうである。巨大隕石が恐竜を絶滅させたように、人類も他の多くの生物とともになすすべなく滅びる可能性があることは否定出来ないし、科学技術の力で隕石と地球の衝突を避けられるようになるまで、隕石が待ってくれるのかはわからない。火山国の日本も、もしカルデラ噴火が始まれば国土の終末を迎え、人も企業も世界に散らばって生き延びるしかない。

社会の課題には、ひとことで言えば人類の存続と人々の幸福であり、その要件としてエネルギーの確保がある。それを安全に、自然環境を破壊しないよう、そして将来の人類のためにも使い尽くさないようすることが必要であり、原発による電力の供給もその手段のひとつだ。

ピュリッツァー賞受賞の大ベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者であるジャレド・ダイアモンドは、著書で伝統的な生活習慣にこだわったがために滅亡した種族を描いている。これはエネルギーや食料などの大量生産大量消費を続けている人類全体への警鐘と受け取らねばならない。化石燃料を好きなだけ使い地球環境を破壊することは、自分たちの乗っている船の底に穴を開け続けているようなものだ。

視点をここまで上げてくると、原子力が地球環境の破壊や資源の枯渇という大問題への対処方法のひとつであり、バックエンドや高速増殖炉など技術的にも社会的にも難しい問題を抱えながらも、現実的には捨てがたいものであることがわかる。であるからこそ、「千年に一度の災害にどう向き合うか」について、なんとか人々を説得出来るだけのしっかりした説明を考えるべきなのである。原発のような設備は、大事故の確率は低いとはいえ、事故が起きてしまえば大きな被害をもたらすというやっかいな存在である。関係者は対応の基本方針を確立しないままに開発を急ぎ三回目の大事故を起こし、原子力という人類が生き延びるためのひとつの貴重な手段に対して人々を懐疑的にさせてしまった。   

次回はいよいよ対応の基本方針について。

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