日本エネルギー会議

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意図的抑制論

福島第一原子力発電所の事故で、東京電力が「炉心溶融」を認めるのが遅れた原因などを調べていた第三者検証委員会の報告書が大きな波紋を呼び、当時政権の座についていた民主党が東京電力に抗議するという一幕があった。メディアの多くは、第三者が行った調査が十分に行われないままに報告書が出たこと、特に委員会が当時の政府の関係者に聞きにいかなかったことを問題視した。
産経新聞も6月21日付で【主張】「炉心溶融」 危機管理に生かす解明をというタイトルでそのことを中心に伝えているが、私は次の一節について他社にはない論点だと感じるとともに、事故による避難を経験した住民の一人として違和感を持った。
(以下明朝体部分は記事の抜粋)
問題は複雑だが、あえて言うなら、当時の原子炉の状態を「炉心溶融」とせず「炉心損傷」としたことによる現実的なマイナスは、なかったことに注目したい。結果論だが、国民のパニックが回避された効果も認められよう。

しかし、大災害において、全てのリスク情報を抑制的に発信すればよいというものではないはずだ。線引きは難しいが、だからこそ今回の問題を具体例に、今後に生かす教訓を掘り起こしたい。

前段では「あえて言うなら」とか「結果論だが」といくつも保険をかけながらも、意図的な抑制がパニック回避に効果があったと主張している。後段では、さらに腰が引けて「抑制的に発信すればよいというものではない」と前段をほとんど否定したうえで、「線引きは難しいが」「だからこそ今回の問題を具体例に、教訓を掘り起こしたい」と意図的抑制に未練たっぷりだ。

私としては、原発事故は病人への告知とは違い、どんな場合も意図的な抑制をやるべきではないし、やった場合には結果はよくないと考える。それは、後日「炉心溶融」だとわかったときの政府や東電に対する不信感が厳しいことになるからだ。

「炉心溶融」の言葉の定義をうんぬんする向きもあるようだが、東京電力の社内マニュアルに書いてある言葉だ。いまさら定義でもなかろう。それに「炉心損傷」ではイメージがわかない。東京電力側はそれが狙いだったのかも知れないが、溶融とはまったく違う意味だ。「炉心溶融」が「炉心損傷」のひとつの形であるとでも言い訳しようとしたのだろうか。

避難した住民が知りたいのは、「炉心溶融」した場合、再臨界するなどもっと事態か悪くなることはあるのか。それによって今いるところよりさらに遠くに避難するべきなのかどうなのかということだ。

産経新聞は意図的抑制によってパニックにならずに済んだと言いたいようだが、住民は自分たちの安全がもてあそばれたとしか思わないだろう。本当の意図的抑制とは事態を完全に把握した上で、情報操作のメリットデメリットをよく検討したうえで行えるものだ。ところが当時、東京電力は炉心溶融だった場合、その結果がどのようなことになるかは見通せていなかった。ただ現場の吉田所長が海水を炉内に入れ続けるしかないと考えていただけだ。

意図的抑制にはこれを聞いた人々の判断を誤らせたり迷わせたりする以外に、次の嘘を誘導するという問題もある。太平洋戦争中、大本営発表は国民の戦意を喪失させないようにと、最初は戦果や自軍の損害の数字を改ざんした。しかし、次第に大胆になり嘘を並べるようになったのは、いまさら戦局不利とは言い出せなくなったためだ。福島第一原発の事故でも、その可能性がなかったとは言えない。

緊急事態の際の情報は「早く、正確に」が望ましいが、少なくとも「正直にありのまま」を守ってくれなければ、信頼性がなくなって受け取る側は疑心暗鬼になり、それこそ混乱やデマの思うツボになってしまう。

【主張】「炉心溶融」 危機管理に生かす解明を 2016.6.21 05:02 産経新聞
平成23年3月の福島第1原子力発電所の事故で、東京電力が「炉心溶融」を認めるのが遅れた原因などを調べていた第三者検証委員会の報告書がまとまった。原子力事故に限らず、大災害時のリスクコミュニケーションを考える上での重要な教訓が含まれていると考えたい。

調査の最大焦点は、発生直後から2カ月間にわたって「炉心損傷」という言葉が使われたことの理由と、この表現が及ぼした影響に当てられている。報告書は、事故当時の清水正孝社長が官邸からの要請を受けて、「炉心溶融」という用語を使わないよう社員に指示したとする調査結果を示している。

看過できない要点だが、「官邸からの要請」は、裏付けが取れておらず、「と推認される」の間接表現に終始しているのが残念だ。現に、当時の首相の菅直人氏や官房長官の枝野幸男氏は、そうした事実はないと否定している。問題は複雑だが、あえて言うなら、当時の原子炉の状態を「炉心溶融」とせず「炉心損傷」としたことによる現実的なマイナスは、なかったことに注目したい。結果論だが、国民のパニックが回避された効果も認められよう。

しかし、大災害において、全てのリスク情報を抑制的に発信すればよいというものではないはずだ。線引きは難しいが、だからこそ今回の問題を具体例に、今後に生かす教訓を掘り起こしたい。

福島事故は、日本を揺るがす原発事故だった。その一大危機の状況下で、官邸側から東電への要請や指示の内容どころか、有無さえも判然としないとあっては、先進国家の体をなさない。

「炉心溶融」への統制的な空気の存在は、濃厚にうかがえる。炉心溶融を認める発言をしていた原子力安全・保安院の審議官が事故翌日の3月12日夕刻の記者会見から外されているではないか。

清水社長の官邸訪問は13日で、炉心溶融という言葉を避けるよう社内に伝えたのは14日のことだった。官邸からの影響はどのようなものだったのか。当の保安院の審議官に尋ねる道もあるだろう。

福島事故の継続調査は、国会事故調によっても提言されていることである。 言った言わないの水掛け論に埋没させては、国の危機管理に禍根を残す。

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